「悪いことをしていると分かっているのに、財布にもお金が入っているのに、貯蓄もあるのに、やめられない」――。「万引き」を繰り返してしまうという女性が、苦しい胸の内をネットの掲示板で明かしている。罪悪感を感じているのに、万引きへの衝動を抑えられないのだという。
この女性は、自分のことを「クレプトマニア(窃盗症)」という病気ではないかと考えている。クレプトマニアとは、経済的な余裕があるにもかかわらず、窃盗を繰り返してしまう「病気」のことだ。女性は、もし治るのなら、きちんと治療を受けたいと考えているそうだ。
もともと、窃盗は再犯率が高い犯罪と言われている。こうした窃盗の再犯とクレプトマニアは、何か違いがあるのだろうか。また、クレプトマニアと診断された人たちは、社会的にどう扱われるべきだろうか。クレプトマニアの問題にくわしい林大悟弁護士に聞いた。
●「盗むこと」それ自体が快感
「クレプトマニアとは、簡単に言うと、窃盗(万引き)を止めたくても止められなくなってしまう心の病で、依存症の一種です。
この病気は多くの場合、拒食症や過食症といった摂食障害に伴って発症します。その中でも、たくさん食べて吐くことを繰り返す『過食嘔吐』の人が、クレプトマニアを発症しやすいようです。
摂食障害は、ダイエットなどをきっかけに発症するケースが多く、クレプトマニアの患者も『女性』が大半を占めています」
クレプトマニアと普通の窃盗は、どう違うのだろうか。
「クレプトマニアが普通の窃盗と異なるのは、経済的な利益ではなく、『盗むこと』それ自体を目的にしている点です。
普通の窃盗は、お金がないなど、経済的な理由で犯行に及ぶことがほとんどです。しかしクレプトマニアの方は、犯行に及ぶ際に快感や解放感を感じて、盗みをはたらきます。
その証拠に、クレプトマニアの方は、窃盗をする必要がないほど裕福であるにもかかわらず、万引きを繰り返すケースが多く見られます」
●刑罰は「再犯防止につながらない」
「クレプトマニアの方は、窃盗に関して、冷静な損得の判断ができません。『万引きすればタダで物が手に入るけど、逮捕されたくないから、やめておこう』といった損得勘定ができず、罰を受けると分かっていても、やめられないのです。
したがって、クレプトマニアの方に刑罰を与えても、再犯防止にはつながりません。現に、私に弁護を依頼した方の中には、実刑判決を受けて服役し、出所後まもなくして再犯に走った方が何人もいます」
クレプトマニアの再犯を防止するためには、どのような取り組みが必要なのだろうか。
「クレプトマニアの方の再犯を防ぐには、刑罰よりも、専門医による治療が必要です。治療によって再犯を抑えることに成功しているクレプトマニアの方はたくさんいます」
クレプトマニアは、窃盗は悪いことと分かっているのに、衝動を抑えられない「心の病気」。だとすれば、そうした人が適切な治療を受けられる環境づくりこそが、社会に求められていると言えそうだ。