一場 順子 弁護士 インタビュー
弁護士を目指した理由
私は大学時代、文学部に所属しており、法律とは無縁の学生時代でしたが、教養科目で取った憲法の授業が面白く感じたのがそもそものきっかけだったのかもしれません。
卒業後、専業主婦をしていた私は、個人的な用件で弁護士の先生に相談したことがあったのですが、その際に弁護士の先生から「私は大学で勉強して弁護士になったが、あなたは大学まで行って、何をしているのか?」と言われたのが悔しくて、奮起し、自分も弁護士になってやろうと思いました。そして、10年の専業主婦生活にピリオドを打ち、弁護士になるべく勉強を開始したのです。
専業主婦にとって理屈っぽいことはマイナスになりますが、法律の世界ではプラスに働くということに気づき、兼ねてから、理屈っぽいことが好きであった私には向いているのではないか、長所なのではないかと、勉強していくうちにそう感じるようになりました。
印象に残っている事例
どれも印象深い事件ばかりですが、その中でも何回か出会った少年事件のパターンを紹介したいと思います。
そのパターンとは、幼い頃から親の期待に応えるべく勉強させられて、名門中と呼ばれる進学校へ進学するが、進学してみると、レベルの高い子達が揃っているわけですから、これまでのような良い成績が取れなくなってしまい、段々と落ちこぼれていってしまい、親の期待に応えられないという劣等感に苛み、自分は駄目だと卑下し、人生を投げ出すかのように非行に走るというようなものです。
女性のケースでは歌舞伎町でドラッグに手をだし、ヤクザの妻になったという子もいて、根は凄く良い子なのにどうしてそこまで身を落とすのかと思ったことを覚えています。成績の悪い子は人に値しないというような評価を押しつけられているので、自分自身を受け入れることができなくなるのかもしれません。
若くして人生を投げてしまうのは本当にもったいないことだと思います。そのような子どもを1人でも救うには、やはり親の意識が重要なのだと思います。親は、自分の子ができないことを無理に押し付け、駄目にしてしまうのではなく、子どもの良さを見つけ、伸ばしていってほしいと強く感じます。
仕事で嬉しかったこと
依頼者の方に喜んでもらえるような結果が出たときです。実際に私が携わった事件で言えば、一審で負けていた裁判を控訴審から受け持つことになったのですが、その裁判で逆転勝訴することができたときはとても嬉しく感じました。その依頼者の方からは今でも感謝されますし、結果が出てよかったと思いました。
大変だと感じること
弁護士は複数の事件を同時進行しているのが普通なので、いつも追われているような気持ちになりますし、ストレスも溜まりやすいということが一番大変ですね。
しかし、弁護士としては多くの事件の中の一つかもしれませんが、依頼者の方からすれば、とても大事な一つの事件であるので、依頼者の方とのギャップを感じさせないことを心がけていますし、忙しさにまぎれて、何か見落としてないかという危機感を常に持っているので、当然疲労は溜まりますね。
弁護士としての信条
どんな事件がくるか分かりませんが、一つ一つの事件に誠実に当たるということを心がけています。どんなに似通った事件でも一つ一つ必ずどこかに新しさがあるので、その部分の勉強をし、できる限りの努力をするということが大切だと思います。
そして、弁護士という仕事は誘惑も多いですし、グレーゾーンの部分の判断を迫られることがあります。弁護士は検察官や裁判官と違って、たった一人で仕事をしていますから、自分で自分を守るしかないので、正しいことをすることを心がけています。
グレーゾーンに一歩でも足を踏み出してしまったら、これぐらいなら大丈夫と、それがどんどん膨れ上がって最終的には黒になってしまいます。そうなっては手遅れなので、常に危険を察知し、アンテナを張り巡らせておくということも心がけています。
依頼者に対して心がけていること
どのような事件であっても、誠実に当たり、できる限りの努力をするということは当然ですが、裁判は相手あってのことですから、勝ち負けがつきますし、非情です。それ故、依頼者の思い通りにならないことも多々あります。
私達弁護士が、そういった不満を軽減し、依頼者の方に納得していただけるよう努力することが大切だと思います。たとえ勝訴しても不満はあるものですから、その結果を依頼者の方に受け入れてもらえるように尽力するということを考えています。
特に関心のある分野
少年事件を始めとする、子どもに関する事件ですね。なぜ、こうも子どもに関する事件に関心があるかといいますと、私が弁護士になった時点で3人の子育てをしていたのですが、子どもを取り巻く環境が悪化していると感じたからです。
一番上の子が小学校に上がったときの学校行事やPTAと一番下の子が小学校に上がったときの学校行事やPTAは全く異なるものでして、悪平等とさえ感じました。例えば、運動会でタイムを計ってタイム順に走ったり、学芸会で主役が何人もいたりと、本来の教育の目的を履き違えているなと思うのです。皆が同じになる必要はないのです。
一人一人の良さや個性があっていいはずなのに、今の教育現場は個々人の個性を生かすという本来の方向から全く異なる方向にベクトルが向いていると思うのです。
日本では皆と同じでないと不安に感じる気質がありますが、それは、一人一人の多様な個性を尊重し、もって社会の秩序を形成するという民主主義の根幹からズレているのではないかと感じています。
悩みを抱える方へのメッセージ
法的な判断で自分の確信が持てなかったり、迷ったりした際には、是非弁護士に相談してほしいと思います。事案がぐちゃぐちゃになる前に、早めにご相談くだされば、適確なアドバイスをすることができます。料金も高額ではないので、是非相談してほしいと思います。