小川原 優之 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
私が大学生の時に島田事件という死刑囚(正式には死刑確定者といいます)の再審請求の事件がありました。この事件では赤堀政夫さんという方が仙台拘置支所に死刑囚として勾留されていました。私は再審請求をする赤堀さんを支援する「赤堀さんと共に闘う会」に入っていました。その会を通じて私は赤堀さんに面会に行きました。
面会で赤堀さんは「無実だ」と言っていました。無実だと言っている赤堀さんは死刑囚であり、いつ死刑が執行されるかわからないという状況でした。私は「罪を犯していない人が死刑になっていいのか」と強く思いました。この経験が弁護士を目指す一つのきっかけであると思います。
赤堀さんは、後に再審裁判で無実であることが明らかとなるのですが、当時の私にとって、無実の死刑囚であり、やってもいない人が死刑になってもいいのか、ということが最も大きな関心事でした。ですが、今の私は本当に罪を犯した人に対してであっても死刑そのものがない方がいいという考えでいます。
関心のある分野
死刑の問題です。
死刑の問題についてのHP森のおひさま教室について
死刑の問題について賛成の人にも反対の人にもわかりやすく問題を提起して、議論する必要があります。森のおひさま教室というホームページは、市民に死刑についてわかりやすく伝えて、賛成の立場でも反対の立場でも一緒に議論が出来ればいいな、と思って作っています。
現在の日本の死刑制度への思い
死刑はかけがえのない生命(生命に対する権利)を奪う非人道的な刑罰であり、日本でも民主主義が進んでいく中で、死刑という残虐な刑罰はいずれは必ずなくなると思います。
世界の動向を見ていても、3分の2の国が既に死刑を廃止しています。民主主義が進んでいる国で死刑が残っている国は日本とアメリカのいくつかの州に限られています。アメリカの州でも廃止の州が増えてきています。それは大きい歴史の流れであると思います。
ただし、死刑廃止をどのように実現するかは国の事情によって異なると思います。それぞれの国の政治や文化の状況で変わってくるとは思いますが、日本でも必ずなくなると思います。
日本で死刑をなくすために必要なこと
諸外国がどのようにして死刑をなくしてきたのかを知る必要があります。諸外国の例で見ていくと、実際に死刑が廃止されるのは政治的な決定が大きい要因となっています。
ドイツは第二次世界大戦の敗北でした。フランスは政権交代の中で死刑廃止を公約に掲げていたミッテラン大統領が当選して廃止になりました。韓国では、死刑の執行が十数年停止していますが、これはキム・デジュンという大統領が執行を停止させたのがきっかけになっています。
イギリスでは誤って無実の人に死刑を執行してしまったということが明らかになったことがきっかけとなっていますので、死刑の廃止のきっかけは様々です。ですが、やはり政治的なリーダーシップの中で死刑はなくなっていっており、日本でも政治家の政治的リーダーシップによって死刑はなくなっていくと思います。
その時に、世論はどうなのかということになりますが、諸外国でも世論調査をすると死刑存置の声が多くあります。市民の感情としては、残虐な事件が起きれば死刑にしたいと思っても無理もないと思います。
しかし、一つの国家、一つの社会の刑罰としてどういうものが望ましいのかということを冷静に考えた時、死刑という制度にはあまりにも弊害が大きく、人権を尊重する民主主義社会に占める場所はもうありません。ですから、日本でもいずれ死刑はなくなると確信をしています。
日本では既に4件、死刑囚が実は無実であったということが再審裁判で明らかになりました。また、冤罪の恐れがありながら執行されてしまったという死刑囚もいます。裁判は常に誤判の危険を孕んでおり、死刑判決が誤判であった場合にこれが執行されてしまうと取り返しがつきません。これもまた死刑を廃止すべき重要な理由です。
また、刑罰というものをどう考えるかということもあります。罪を犯した人に、刑罰を通して反省をしてほしいということは当たり前です。しかし、反省しただけで再犯を防ぐことは必ずしも出来ません。受け皿としての社会が、罪を犯した人が社会復帰しやすいような環境を整えないと実際の再犯の防止には繋がりません。
ですから、刑罰というものを罪を犯したのだからその報いがあるという応報の側面とは別に、社会復帰するための手段なのだという捉え方も必要です。社会復帰可能な刑罰ということを考えると、死刑という刑罰は社会復帰の道を完全に閉ざすので、刑罰のあるべき形という観点からも死刑は望ましくないと思います。
死刑廃止の理由として一番根本にあるのは、人の命を奪う、その残虐性があります。生命に対する権利を尊重しなければいけません。二番目に、冤罪であった場合に死刑を執行してしまっては取り返しがつかないということがあります。最後に、刑罰のあり方から考えても死刑は望ましい姿ではありません。このような理由から死刑は廃止されるべきです。
死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部とは
私は日本弁護士連合会(日弁連)の「死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部」の事務局長をしています。日弁連は、国に対し、死刑制度を廃止すること及び死刑が科されてきたような凶悪犯罪に対する代替刑を検討することを求めています。代替刑としては、例えば「仮釈放の可能性のない終身刑制度」が考えられます。
この間、国民各層の活動が活発になり、多くの関係者の協力により、国会議員のなかに「日本の死刑制度の今後を考える議員の会」が発足し(2018年12月)、また市民運動としては、「死刑をなくそう市民会議」が発足しました(2019年6月)。宗教界では、ローマ教皇のミサに冤罪の被害者である袴田巌氏が参列し(2019年12月)、全日本仏教会は「仏教の教義と死刑が相いれないことは明白である」と答申しました(2020年1月)。
そしてバイデン大統領のもとアメリカで死刑廃止への動きが顕著になっています。私は、アメリカの死刑制度の廃止の動きと連携して、国際的な視野に立って、日本の死刑制度の廃止を実現していく必要があると思います。
仕事の中で嬉しかったこと
放火の疑いをかけられ、逮捕されていた人がいました。何年も裁判をやった結果、無罪判決を獲得しました。その時はすごく嬉しかったです。
弁護士になって大変だと感じること
弁護士に出来ることは、依頼者の法律上の権利を実現出来るように協力することです。依頼者の権利や利益を守ってあげることが出来なかった時に残念に思います。
仕事をする上で意識していること
依頼者にとって何が最も望ましいか、依頼者が何を希望しているのかということをよく聞くことを意識しています。
私は事実が一番大事だと思っています。事件についてどのように評価してしまうかということではなく、事実として何があったのか、それを裏付ける証拠にどのようなものがあるのか、事実と証拠を明らかにすることを一番意識しています。事実と証拠がはっきりしていないとその人の権利は守れません。
今後の弁護士業界の動向
激変していくと思いますし、もう既に激変しつつあると思います。司法制度改革によってそれまでの公益の担い手としての弁護士像が変わり、法的なサービスを提供するサービス業に過ぎないという面が強調されるようになりました。
司法制度改革は市民の法的なサービスに対するニーズが高いのだから、弁護士の数は増員すべきだし、適切な弁護士の数はマーケットが決めるというような考え方になっています。
司法制度改革の中で、弁護士の増員が図られました。そういった中で、従来弁護士が担っていた公益的な側面を維持することが難しくなっています。弁護士は自分の生活に追われるようになりましたので、公益的な活動に力を割くだけの余力がなくなってきています。
それが日本社会全体で考えた時、果たして望ましいことなのか。市民に対する法的サービスの提供という側面はもちろんありますが、制度として考えた時に弁護士が公益を担えるような制度設計が必要だと思います。
ですから、私は今の弁護士を単純に増員するような司法制度改革には反対です。公益を担える弁護士を社会全体でどのように育成するのか、そのための司法修習制度を考えた方がいいと思います。