
暴力に苦しむ人たちの“防波堤”になる
社会人18年目に、「弁護士」として岡山へ帰郷
私は岡山県で生まれ育ちましたが、大学進学を機に一度上京しました。
大学時代は、工学部で都市工学を専攻していました。 都市工学とは、人間が安全・快適に過ごすことができる都市を構築するための技術を扱う学問です。
大学卒業後は、縁あって法務省に入省。保護観察官として、面談を通して非行少年・少女や犯罪歴のある人の立ち直りを支援する仕事に携わったり、行政官として仕事をしていました。非常にやりがいを感じる仕事で充実した毎日を送っていましたが、想像以上に転勤が多く、「仕事内容を変えずに、一つの場所で長く社会に貢献したい」という思いが次第に強くなっていきました。
弁護士になれば、法律知識という後ろ盾もできるし、困っている人の力にもっとなれるのではないか。
そう考えた私は1995年に司法試験を受験し、翌年に法務省を退職。そして1998年、弁護士として生まれ故郷・岡山に戻りました。
弁護士の仕事は、大学時代に学んだ都市工学の知識や考え方、法務省で培った経験、全てを活かせる仕事です。 これからも生まれ育った岡山へ、働いて恩を返しできたら、と思っています。
「不安」や「苦しみ」を、たらい回しにしたくない
当たり前の話ですが、ニコニコと明るい表情で法律事務所に来る方はいません。
どんなトラブルであろうと、相談者は皆、他人には知られたくない「苦しみ」や「不安」を抱えています。そんな中で、勇気を出して法律事務所まで来られるわけです。
だから、まずは「よく事務所へ足を運んでくれました」「これまで大変でしたね」という気持ちを伝えるようにしています。 法律相談においては、私は次の二つのことを大事にしています。
一つ目は、さまざまな角度から、じっくり話を聞くこと。
相談者の中には、「どうしたらこの現実から抜け出せるのか分からない」とおっしゃる方がたくさんいます。
これを解消するためには、弁護士が依頼者の置かれている状況をただ理解するだけでなく、依頼者がそこまでの不安や苦しみを抱えるのはなぜかという理由を聞くことが必要だと思っています。 依頼者がなぜ不安で苦しいのかを理解できれば、アドバイスや提案もより具体的にできるようになります。
「なにも分かってくれない」「この弁護士は信頼できない」と思われてしまうことは、相談者のせっかくの勇気を無にして、「不安」や「苦しみ」をたらい回しにしかねません。そうなってしまうと相談者の中で「弁護士」という職業の信頼度自体が下がってしまい、専門家に相談することを諦めてしまうかもしれません。
30分〜40分という短い相談時間ですから、いつも気を引き締めて応対するよう心がけています。
特に、これまで多く関わってきたDVや虐待に関連する事案では、相談者の状況説明だけでなく、相談までの経緯や相談者の気持ちに焦点を当てた法律相談の重要性を実感しています。
二つ目は、誰にでも分かるように説明すること。
もう少し詳しく言うと、「どんなトラブルでも、相手が誰であっても、然るべき説明責任を果たすこと」です。
これは前職での経験で痛感しました。 例えば、非行少年に「けしからん、もうやるな」と叱るのは、簡単なことです。 でもそう叱ったところで、心から納得してもらうことはできません。 そもそも一方的なコミュニケーションで、相手の心を動かすことは無理だと思います。 相手の気持ちを聞きながら、「なぜダメなのか」「どうすればいいのか」を相手に理解してもらえるような言葉で説明することが必要です。
また一度で分かってもらえない場合に、分かってもらえるまで誠実に説明を重ねられるか。 これができるかできないかでも、弁護士への信頼度は変わってくると思います。いかなる場合でも、目の前の相談者に納得してもらえるようなコミュニケーションを心がけています。
一番身近で、一番閉鎖的な「家庭内」
「長年の我慢も限界に達し、なんとかして逃れたい」
以前、夫の暴力に悩む女性が事務所を訪れました。
憔悴しきった表情は、それまでの暴力がいかに酷いものであるかを物語っていました。
何よりもまず彼女の安全を確保することが最優先課題でした。 関連機関と連携して、すぐさまシェルターへの避難の橋渡しをしました。
シェルターに避難した彼女は、暴力の恐怖から解放され、日を追うごとに精神も安定するようになりました。そして最終的には、彼女自身の努力で資格を取得し、完全に自立。新しい人生を取り戻しました。
このような事例は、たくさんあります。
DV事件が深刻化してしまう理由は、「被害者が自分を責めてしまうこと」や「子どもがいる場合など、将来の生活不安がよぎってなかなか行動にうつせずに我慢を続けてしまうこと」にあります。
「怖い」という感情や、これまでの暴力の影に支配され、一歩踏み出す力が奪われてしまうのです。
男女間だけでなく、親子間の虐待も同じです。
家庭内の問題は、被害者にとって一番身近な問題でありながら、「家」という閉鎖的な空間の中で起こるため、なかなか外から気づくことができません。
でもどんなに深刻な状況であろうと、できることは必ずあります。 裁判所に保護命令の申立てをするなど、安全を確保することは可能です。
暴力に苦しむ人が本来の自分の力を取り戻していくため、できる支援の幅を少しずつ増やしていけたらと思っています。
専門家でなくても、人を助けることはできる
当事務所では現在、平日の業務に加え、「夫婦・親子のための日曜法律相談」を実施しています。
また、人権研修会や学校等で講演活動を行ったり、ブログ等での情報開示や情報発信もしています。関連機関の相談員の方たちとの支援連携に際しては、相談員の方たちから学ぶことは多いです。皆さんカウンセリング経験が長かったり、話を聞くことが上手な方がたくさんいらっしゃるからです。
私が、直接的な弁護士活動以外でこうした“課外活動”を行うのは、私個人の力では限界があると認識しているからです。長年の弁護士活動を経て、社会問題は社会全員の力で解決しなければならないと、身に染みて感じています。
また、もう一つ多くの人に伝えたいことは、「専門家でなくても誰かを助けることはできる」ということ。
DV事件にしても、虐待事件にしても、実際に被害者に付き添って法律事務所を訪ねてきたり、被害者を一時的に守ってくれたりするのは、彼らの友人や学校関係者であることが圧倒的に多いからです。
もし、近くに苦しむ友人や知り合いがいたら、一緒に相談にいくなどして、力になってあげてください。 あなたの勇気ある行動で、救われる人生があります。
弁護士に相談できる人は氷山の一角
また実際に法律事務所や相談に来ることが難しいのであれば、電話やインターネット上でのアドバイスが力になることもあります。
トラブルの深刻さや精神状態によっては、人と会話すること自体難しくなることもあるので、実際に法律事務所に足を運べる方は氷山の一角と言っていいでしょう。
そんな方々の悩みの解決の力になっている一つが、インターネットでの匿名相談です。私がポータルサイト上での、法律相談に回答し続けているのもそうした点に着目してからです。
具合が悪くて家から出られない方。配偶者や交際相手が怖くて目につく行動ができない方。特別な訳があって家族には相談したくない方。
ひとりひとり違った事情があると思います。そんな時は絶対に無理をせず、可能なアクセス方法で解決の糸口を探してみてください。