大木 孝 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
私は、少年時代、探偵小説(推理小説)を手当たり次第に乱読していて、その頃は将来、明智小五郎や金田一耕助のような「名探偵」になるのが夢でした。だんだん世の中が分かってきてそれが無理そうだと分かると、今度は高校時代、悪を暴く検事に憧れました。
その後、英米法廷小説や英米裁判映画(ドラマ)に心を奪われ、花形法廷弁護士(バリスター)として、大向こうを唸らせる反対尋問で無実の被告人の無罪を勝ち取るのが夢となり、弁護士を目指すようになりました。
また、大学卒業後すぐ裁判所に就職し、裁判所書記官として多くの法廷に立会いましたが、現実にそれほど劇的な尋問は見られず、それなら自分の手で活性化を図りたいとの思いから受験を続けて、何とか弁護士になることができました。
裁判所書記官の仕事
ニュースや裁判ドラマの法廷シーンで、裁判官の前で記録を取っているのが裁判所書記官です。手続の流れを調書に取ることで、それが公正に行われたかどうかを担保する重要な役目があります。私は、こうして実際の法廷を見ながら、受験勉強にも役立てられたのが良かったと思っています。
また、修習時代は他の仲間よりも実務の手続や裁判記録に馴染みがあってスタートラインで幾分有利でしたし、新人弁護士時代も、普通は初めての法廷で相当緊張すると聞きますが、私の場合は何年も法廷の中で暮らしていたので、それほど緊張せずに弁護士デビューを飾れました。
司法修習時代の思い出
昔は、2年間の修習期間が、「まず同期が研修所に集まって4か月の前期修習→全国に散らばって1年4か月の実務修習→また同期が集まって4か月の後期修習」という流れだったので、同期の結束力も強く、特に二回試験をあまり意識しない前期や実務修習中は、ソフトボールや見学旅行、歌舞伎観劇などの企画が豊富で楽しく過ごすことができました。
今の修習生は、合格後ほとんど実務が何も分からないままいきなり実務修習に入るし、全体期間も1年になり駆け足で勉強せざるを得ず、余裕をもって修習できないのが可哀相だと思います。
小田原の事務所で仕事をする理由
私は生まれも育ちも小田原で、小学校から高校まで地元の公立学校で教わりましたので地元に多少の恩返しをしたいと思いました。また両親が小田原在住なので、私が万一誘惑に負けて非違行為をすれば、すぐに両親に悪い噂が届くことになるのでそんな親不孝はできないし、逆に良い噂が届けば親孝行になるとも考えました。
それから、今の事務所杉﨑茂法律事務所から誘われた際、「都会の大企業の利益を守る弁護士や労働者の利益を守る弁護士はそれなりにいるが、地方の中小企業を守る弁護士はあまりいない。そこでは使用者も労働者もなく、企業の利益を守ることが働く者の利益になる。そういう仕事をやってみないか」と言われたことも大きかったと思います。
仕事の中で嬉しかったこと
弁護士なら誰でも、依頼者に感謝され、その方が笑顔に戻ってもらえたときに嬉しいと感じるはずです。その他でいうと、やはり同じプロとして尊敬している法曹から誉められたときは、それが何であれ嬉しいものですね。例えば、共同弁護をしている先輩弁護士から書面の出来を誉められたり、和解案を提示したところ、相手の弁護士から「なるほど双方にとっていい条件ですね」と好評価をいただいた時などです。
弁護士になって大変だと感じること
依頼者の気持ちに立って考えるが、依頼者にのめりこみ過ぎないというバランスでしょうか。本当に困った挙句に相談に来た人の話を聞いていると、何とかしてあげたい、少しでも気持ちを楽にしてあげたいと思って当然ですが、すべての案件でのめり込むと、弁護士は精神的に参ってしまうでしょう。
言葉は適切でないかもしれませんが、どこかの段階で、「他人事」という歯止めを持っていないとすべてを背負い込むことになって辛いと思います。
また、我々に求められているのは、相談者から持ち込まれた案件に対する法的アドバイスに限られ、それを超えて、人生論的な話まで面倒みようと思うと、依頼者によっては反発したり、よそで言いふらされたりすることもなきにしもあらずなので、注意が必要です。
仕事をする上で意識していること
一言で言うと、「分かり易い弁護」です。民事・家事・刑事その他紛争に巻き込まれた方々は、現状がどうなっているのか、将来どうなるのか、手続にはどんな選択肢があるのか、それらのメリット・デメリットは何か等々、不安・疑問を感じていることが多いと思います。
それらの不安・疑問に対し、できるだけ分かり易い説明で答えてあげたいと考えています。そのため私個人のやり方としては、大体は事情を伺いながら、関連する「図表」を作成して、その日の最終段階ではそのコピーを差し上げて、次回以降の打ち合わせでも共通の土俵に立って話が出来るようにしています。
この図表の効用については、3年間の司法研修所教官としての講義の際に、板書に図表を描いて説明した方が教え子の頭に入り易いことは実証済みであり、普段の事件でもこの事情は同じと考えられます。
関心のある分野
ちょっと変わっているかもしれませんが、後輩法曹育成と法教育に関心があります。これまで、幸いにも運に恵まれて、私はロースクール教授・司法研修所教官・司法試験委員という務めを果たしてきましたので、これからも何らかの形で教育的分野に携わって行きたいと思っています。
研修所教官の務めを終えたときに、大先輩から、「人権を擁護するのは大事だが、人権を擁護する弁護士を育てるのも劣らず重要である」というお言葉をいただき、我が意を得たり、という気持ちになりました。
弁護士のスキルについては、従前はどちらかというと徒弟制度的な、経験を積み、舞台の袖から名人の姿を覗いてスキルを盗むという職人・芸人の修行のようなイメージが強かったようですが、普通の弁護士が普通に勉強してスキルアップを図れることが望ましいと思っています。
今後の弁護士業界の動向
弁護士人数の増加については様々な意見があると思います。ただし、どのような立場に立つにせよ、我々の業界で夢を語れなくなってしまってはいけないと思います。極端な話、明日の糧のために、やりたくないあるいはやってはならない事件を引き受けるような羽目に陥らないように、弁護士全体が考えなければならないと思います。
弁護士倫理などがその歯止めになっているうちはまだいいのですが、「背に腹はかえられない」と思う弁護士が多くなったときは心配です。これまで先輩たちが脈々と培ってきた弁護士の信用や名誉を、我々の時代で下落させることがあってはならないと思います。
教官時代の思い出
私は教官になる前にロースクールで教えたことがあり、平成16年から刑事模擬裁判・法律相談・法曹倫理などを担当していました。自分の受験時代に図表を書いて理解する勉強法が上手くいったので、学生にもなるべく分かり易い図を描いて教えました。
研修所教官時代は、勉強の合間をぬって、修習生とよく飲みに行ったり、事務所訪問に来た連中と日帰り温泉に行ったり小田原城見学をしたこともあり、大変面白く過ごせました。自分のクラスの生徒とは今でも交流があり、地方に行く機会があるといつも何人かで集まってくれます。また、クラス名簿や生徒が卒業時にくれたメッセージカード・写真は今でも私の宝物です。