天野 直樹 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
中学時代に足尾銅山鉱毒事件での田中正造議員の活動を知り、非常に感銘を受けたのがきっかけです。議員は無理だったので、弁護士になって公害問題等に取り組みたいと思うようになりました。
しかし、高校に進学し、受験期になった頃には気持ちは変わっており、新聞記者にも興味を持つようになりました。受験を終え、中央大学法学部に進学することが決まり、中央に進学したなら弁護士を目指そうと、再度弁護士を志すようになりました。
そして、大学2年生の頃から予備校に通い始め、大学3年生から司法試験を受け始めました。大学4年生になると終活が始まり、民間企業に就職するか、法曹に進むか迷いましたが、その年に司法試験の短答式試験に合格したため、就活はせず、司法試験勉強一本にしぼりました。
晴れて弁護士になった時には、中学時代の頃の気持ちは全く無くなり、公害問題は扱わず、今は民事事件中心でやっております。おそらく、中学時代の自分は、正義とか社会のためと言った抽象的な大義に憧れていたのだと思います。若かったんでしょうね。今は自分と自分の周りの幸せを一番に考える価値観を持っています。
今までの仕事内容と、現在の仕事状況
横浜でずっと町弁として仕事してます。若いころは刑事事件にも携わって無罪を勝ち取った事件もありますが、今は民事事件中心です。多いのは破産管財・不動産・相続・離婚・労働事件といったところです。
特に印象に残っている事件は、殺人事件の被害者の民事弁護で犯人の夫に慰謝料を請求した事件です。犯人の夫に慰謝料を請求する等、法的に無理ですので、私個人としては引き受けたく無かったのですが、先輩弁護士に引き受けろと言われ、引き受けることになりました。
法的には無理ですが、今回の事件では、先方にこちらを傷つけるような言動があり、そこを突きました。一審では負けましたが、控訴審では和解、かなり強い職権の行使により実質勝訴しました。携わった人はこちらに正義があると考えていたのですね。
また、印象的と言えば、犯罪被害者はかなりひどい状況に置かれるということを実感しました。例えば、自宅で殺人事件が起こったとすると、遺族がその後片付けをするんです。これはショッキングでした。
仕事をする上で意識していること
弁護士といえども、依頼者からお金を頂いて仕事をする点で、他の仕事と変わりません。正義を振りかざすのではなく、サービス業であることを忘れず、職業人としてのプロ意識を持つこと、依頼者の納得・満足を得ること、を意識しています。ただ、弁護士倫理という、職業倫理の中でも高い倫理性が要求される仕事ですので、その点も強く意識するようにしています。
また、油断して引き受けると懲戒ものの事件もあるので、依頼者のことを信用できない時は、引き受けないようにしています。例えば絵画取引の仲介をしてくれと頼まれたことがありました。弁護士がなぜ絵画取引の仲介をする必要があるのか不明だったので引き受けませんでした。
世の中には汚い金を弁護士が間に入るときれいになると考える方がおり、下手に引き受けると違法行為に加担させられることがあります。私はそういったことを防ぐために必ずメモなりFAXで証拠を残すようにしています。
関心のある分野
今は原発問題に強い関心があります。私は昔から反原発の価値観を持っており、唯一手弁当でもやっていいかなと思います。原発裁判は非常に難しく、法律上は原発事故での問題は賠償免責となっているんです。しかし、政府は賠償すると言ったため、その点から責任を追求することができるのです。つまり、法律ではなく政治の問題になっているのです。
また、裁判員裁判は一度はやりたいと思っております。しかし、1週間は拘束されるため、他の仕事の関係上なかなか厳しいです。