庄司 宗弘 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
中学3年生の公民の授業で「憲法」について学び、これが日本という国を形作っているのだと感じました。法の下の平等や生存権という権利があることを知って素晴らしいと思いましたし、横須賀出身の私には自衛隊や米軍の存在と憲法9条はどういった関係だろう?と疑問に思いました。今思えば、このときに思ったこと・感じたことが、弁護士になろうとした遠いきっかけです。
その後、大学で法学部に入り、民法の授業を受け、「法律は面白い。法律に携わる仕事がしたい」と思うようになりました。また、法律の面白さを実感し始めたころ、「家栽の人」という漫画を読み、主人公が相手の気持ちを推し量り、案件を解決していく姿に共感し、法曹を本格的に志しました。漫画どおりの裁判官ではなく弁護士になったのは、弁護士のほうが活動できる場面が大きく、やりたいことができると考えたからです。
弁護士として気をつけていること
依頼者の考えや気持ちを尊重するということです。例えば、依頼者の話をしっかり聞くこと、偉ぶらないこと。「私に全て任せなさい!」と言うよりは、なるべく一緒に考えて解決策を探る姿勢を大切にしています。
もちろん、無理なことは無理だとハッキリ言いますが、依頼者は色々な思いを抱えて事務所に来ているので、なるべく気持ちを受け止め、頭ごなしに言わないように気をつけています。同時に、弁護士は冷静でなければならないとも思いますので、見えるものが見えなくならないよう、感情移入をしすぎないようにしています。
関心のある分野
少年事件に関心が強く、多く扱っています。関わった事件にはどれも思い入れがあり、あの子は今どうしているかな?とふと考えることも多いです。基本的に子どもが好きなのだと思います。
年齢によっても大きく変わりますが、子どもたちは大人のように自分で生活環境や人生そのものを選択できません。また、同じような環境でも、問題なく生活できる子がいる一方で、親子関係、学校関係、友人関係などが上手くいかない子もいます。
非行の原因は色々ありますが、自分の子ども時代を重ね合わせてみると、事件を起こしてしまう子どもたちと自分とには、元々は大きな違いはなくて、ちょっとしたズレが積み重なって非行という形に出ているのではないか、と思うことが多いです。そのズレを、大人の一人として、少しずつ直していくことができ、子どもたちの人生がより良い方向に向かえば、とても嬉しいです。
大学院で教えていたこと
関東学院大学の法科大学院で「子どもの人権に関する法実務」という講座を担当していました。他2人の弁護士と分担して担当していまして、私は専ら少年事件に関するものを担当し、他の弁護士には児童虐待問題や学校に関する問題などを担当していただきました。
生徒が少なめの授業で相互のやりとりができたので、随時質問OKにしたり、対話形式にしたりと、一方的な授業にならないよう心掛けていました。
また、学生の方たちは、将来、実務家になりたいと思っているので、実際の弁護士像を伝えようと思い、具体的な少年事件のケースの話や様々な苦労なども話していました。
司法修習の思い出
当時、修習期間は1年半で、真ん中の1年間を実務修習と呼び、修習生が全国各地に散らばって実務を学ぶ形式でした。私の場合、実務修習地は、全く縁のなかった千葉に指定され、3か月間の弁護修習から実務修習が開始することになりました。
その弁護修習の初日、開始式が開かれる直前、私たち修習生の控室に、あるベテランの先生がやってきて、「庄司君はどいつだ?今から当番弁護士の仕事で接見に行くけどどうする?」と、声をかけられました。この方が、私の弁護修習の指導担当の先生でした。
遠慮している場合ではないので、開始式は欠席させていただき、指導担当の先生が運転する車に乗り、当番弁護士の仕事に向かいました。初対面のベテラン弁護士と2人きりの車の中、時間にして半日くらいでしょうか、何を話していいのかわからず気まずかったです。ですが、その分、とにかく色々と質問させていただきました。
そして、当番弁護士の仕事を終え、夜8時か9時ころ、「お疲れさん、明日は事務所に来るように」と、突然、よく分からない所で車から降ろされ、1日を終えました。今考えると、印象的な初日です。
また、修習先のいわゆるイソ弁の先生が少年事件を扱っていて、これがとても面白かった。この時の経験が、少年事件に興味を持ったひとつのきっかけなので、司法修習は今の自分にとても影響を与えてくれました。
指導担当の先生は豪快な方で「弁護士は当日しっかり仕事ができれば、前日はたくさん酒を飲んでもいいんだ!」なんて言う方でした。麻雀も好きな方で、私が弁護修習の最終日に開かれた修了式で、「麻雀をボスとできなかったのが心残りです」と挨拶をしたら、式が終わるやそのまま雀荘に連れて行かれました(笑)。
思い出の場所は裁判所の地下の食堂です。コックさんが、確か1週間おきの木曜日にだけ作るカツカレーがおいしいと評判で、いつもはさほど混まない食堂が、その日はいつも大行列でした。裁判所に来た警察官の方たちもカツカレーを食べて帰るほどです。
今後のビジョン
今は近藤俊之先生と2人体制です。事務所を巨大化したいわけではないですが、機会と条件が合えば、何人かの弁護士と経営したいと思っています。いろんな弁護士がいて、いろんな分野を扱えれば、事務所全体として補いあって強くなれると思うからです。