NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で一躍、知名度が高まった歴史上の人物、井伊直虎。この「直虎」を商標登録した2社に対して、直虎にゆかりがある浜松市と浜松商工会議所が商標登録取り消しを求め、異議申し立てをしていたが、特許庁は3月27日、これを退ける決定をした。2社は2016年4月、食品などの名称として「直虎」を商標登録していた。
浜松市役所の観光シティプロモーション課は、「(商標取り消しが)認められなかったことは残念だが、今後、無効審判を請求する予定はない。直虎の名を使わず、すでに商標登録している『直虎 ゆかりの地 浜松』のロゴマークなどを使い、商品開発を工夫してやっていきたい」と話していた。
今回の特許庁の判断を、知的財産に詳しい弁護士はどう評価するのだろうか。また今後、どのような影響があるのだろうか。齋藤理央弁護士に聞いた。
●なぜ認められなかったのか?
「今回の事例を『他人の…氏名…を含む商標』の商標登録を禁じた商標法4条1項8号違反の問題とお考えの方もいるかもしれません。しかし、8号にいう『他人』は現存している人物を意味します。
今回のように現存しない歴史上の人物の名称は、商標法4条1項7号に規定された『公序良俗』に反する商標か否かの問題となります」
なぜ、歴史上の人物の名称に「公序良俗」が関係してくるのか。
「7号について、特許庁は商標審査基準を、次のように定めています(http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/syouhyou_kijun/16_4-1-7.pdf )
歴史上の人物については、この中で『周知・著名な歴史上の人物名であって、当該人物に関連する公益的な施策に便乗し、その遂行を阻害する等公共の利益を損なうおそれがあると判断される場合』、7号に違反するので、商標登録を行わないとしています。
しかし、本件の判断結果は『公序良俗』に反するという判断に踏み込む以前のもののようです。つまり、そもそも『直虎』という名称の歴史上の人物は複数おり、出願は大河ドラマの放映前でもあったことから、『直虎』という標章は、井伊直虎だけを指すものではないと判断されたようです」
一方で、誰しもが知るような歴史上の人物であれば、商標登録は認められにくい傾向があるそうだ。
●過去の裁判例では
齋藤弁護士によれば、歴史上の人物の商標登録について争われた事例は他にもある。
「歴史上の人物の商標登録について問題となった事件として、知的財産高等裁判所で争われた葛飾北斎事件があります。
『北斎』という書道文字と、図形を組み合わせた標章について、商標登録することが7号に違反しないか争われましたが、結果的に知的財産高等裁判所は、登録を認めています。その理由として、『何らかの不正の目的がある』とまで言えないことが指摘されています」
今回の特許庁の判断は、今後どのような影響があるのだろうか。
「浜松市や浜松市商工会議所は、井伊直虎のキャラクターやロゴマークなどの利用を地元企業に推奨していくようであり、そうした方策をとれば(「直虎」を使わなくても)今後に大きな影響は生じないのではないかと考えられます。また、より懸念を小さいものにするため今後双方で何らかの協議を行っていくことは検討しても良いのかもしれません」