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お昼の刺身定食で「アニサキス食中毒」、飲食店に50万円の損害賠償が命じられた理由
刺身定食(写真はイメージ。grace / PIXTA)

お昼の刺身定食で「アニサキス食中毒」、飲食店に50万円の損害賠償が命じられた理由

魚介類に寄生し、食べた人に激しい腹痛を起こす「アニサキス」による食中毒は、年間300件以上も発生している。特にここ数年、患者数は10月が最多となっており、今がアニサキスに気を付けるべき「旬」と言える。

適切な処置(冷凍・加熱等)による対策がもとめられているが、厚労省によれば、アニサキス食中毒の半数以上が飲食店や販売店で発生しているという。

アニサキス症で苦しんだ人が、食事をした飲食店やスーパーを相手に訴訟を起こすケースもある。約50万円の損害賠償が認められた判決を今回は紹介する。

過去3年間(2019〜2021)のアニサキス食中毒患者数(厚労省のデータ) 過去3年間(2019〜2021)のアニサキス食中毒患者数(厚労省のデータ)

●刺身定食

判決は2021年11月19日に東京地裁であった。たこの吸盤やマグロの刺身を含む「刺身定食」を飲食店で食べた会社員が、翌日から強い腹痛や吐き気を覚え、病院で「胃アニサキス症」と診断された。店側に慰謝料や休業損害など計約60万円をもとめ、裁判所は約50万円の支払いを命じた。

判決のポイントを解説するのは巨瀬慧人弁護士だ。別の事件だが、アニサキス食中毒を発症した相談者の代理人として損害賠償訴訟を起こし、裁判上の和解を成立させた経験がある。

●発症前1週間の「食事記録」が有効打となった

——裁判の争点を教えてください。

(1)胃アニサキス症になった原因、(2)飲食店の過失(注意義務違反)、(3)原告の損害——の3つです。

1つ目の争点ですが、裁判所は、原告のアニサキス症は店が提供した「刺身定食」に起因すると結論づけています。

アニサキス症が問題になる裁判では通常、アニサキスを口に入れるところを目撃した人の証言などの直接証拠がありません。

そこで裁判所は、店の提供した飲食物にアニサキスが含まれていた可能性と、他に原因になり得るものがあったか、検討しました。

胃アニサキス症になったということは、その十数時間以内に、寄生した魚介類を生で食べたと考えられます。

原告は2018年のある日、昼にランチとして刺身定食を食べ、その半日後となる深夜に激しい腹痛や吐き気の症状があり、病院に行っています。

刺身定食には、たこの吸盤、生シラス、マグロ、白身魚が使われていました。これらが原因食品になる可能性は十分にあります。また、アニサキスは一定の加熱又は冷凍(マイナス20度で24時間以上冷凍、70度以上の加熱)によって死滅します。

この店では、なんら対策をしていなかったわけではありませんが、冷凍処理まではしていませんでした。こうした事情からすると、刺身定食の刺身の中にアニサキスが含まれていた可能性は否定できないと裁判所は述べています。

続いて、裁判所は他に原因になり得るものは見当たらないと判断しました。ポイントになったのは、原告が事故直後(1週間後)に保健所からアドバイスを受けて作っていた「事故前1週間の食事記録表」です。

裏付けになるレシート等も添えられた記録表に裁判所は高い信用性を認めています。記録表によれば、事故前に原告が生の魚介類を食べたのは、店で提供された刺身定食だけでした。

一方、店側は、食事記録表に記載されている期間よりもっと前に食べたものが原因の可能性があると主張しましたが、症状と整合しないので、採用されませんでした。

●消費者より飲食店にリスクを負わせるという価値判断が示された

——2つ目の争点となる「店の注意義務違反(過失)」は認められましたか。

裁判所は、アニサキス症の感染・発症について、店の注意義務違反を否定すべき事情は認められないとしています。

繰り返しになりますが、最も有効な予防方法は、一定の加熱または冷凍によってアニサキスを死滅させることです。

そのような措置を講じないのであれば、飲食物に混入しないように、店が最大限の注意を払うべきだという考えが判決では示されています。

アニサキスは必ずしも見つけられないほど小さいわけではありません。

一般的な長さは2~3センチ、幅0.5~1ミリとされ、白色で少し太い糸のように見えるというもので、このサイズのアニサキスを見落として客に提供してしまっている以上は、特段の事情がない限り、飲食店の過失は否定されないと裁判所は判断しています。

店側は、加熱や冷凍に馴染まない刺身や寿司であっても、魚介類を死亡させた後速やかに内臓を除去し、かつ、切り身を目視で確認することで十分に予防できるので、必要な注意義務は果たしたと主張しましたが、認められませんでした。

店からしたら「加熱したら刺身にならないよ」「冷凍したら味が落ちてしまうよ」と言いたいところかもしれませんが、裁判所は「おいしい刺身を食べたいんだったら、冷凍しなくてもしょうがないよね」とは言いませんでした。

——3つ目の争点となる損害はどのように算出されましたか。

賠償の対象になったのは、約40万円の慰謝料をはじめ、医療費、休業損害、弁護士費用です。

一般的な交通事故事件の基準では、入通院の期間に応じて慰謝料が算定されるのですが、この判決では、そうした基準の8割程度の慰謝料額しか認めませんでした。

原告が主張する通院期間には、アニサキス症の治療(虫体の摘出など)の期間だけではなく、アニサキスアレルギーの検査のための期間が含まれていたからです。

ややこしいのですが、裁判所は、アニサキスアレルギーの検査費用を賠償の対象に含めています。他方で、アニサキスアレルギーの検査のための期間は、全面的に慰謝料算定に反映することはできないという立場を示しました。

●「アニサキスアレルギー」発症による精神的苦痛への評価は課題

——原告は「アニサキスアレルギー」の検査でも陽性と診断されました。この点は判決に影響しましたか。

原告は病院でアニサキスアレルギー値が基準値を大幅に上回っているとして、今後もアニサキスが含まれた魚介類を食べた場合、アナフィラキシーショックを引き起こす危険性があると診断されましたが、判決では因果関係が認められませんでした。

アニサキスは、蜂毒と同じように、アレルギーを発症する可能性があります。じんましんが主な症状ですが、ひどい場合は呼吸不全、意識消失などのアナフィラキシー症状が出ることもあります。

ひとたびアレルギーになってしまうと、生きているアニサキスだけではなく、死滅したアニサキスにも注意をしなければいけません。

主アレルゲンは強い耐熱性を持っているため、加熱調理によって魚介類にひそんでいるアニサキスそのものは死滅しても、アレルゲン活性は残る可能性があります。

アニサキスアレルギーになってしまった人のなかには、練り製品から出汁まで広範囲にわたって魚介類の摂取を控えている方もいます。

今後の人生で、ずっと食生活が制限されるかもしれないという不利益は、軽視できるものではありません。

そこで、食中毒被害にあった側は「アニサキスが体の中に入ったせいで、アニサキスアレルギーになってしまった。慰謝料額は高くしてほしい」と主張する場合があります。

これに対して、想定される反論は「もともとアニサキスアレルギーだったんじゃないの?」というものです。私がこれまでに代理人をつとめた裁判でも、被告側から同様の反論がおこなわれることがありました。

死滅している場合も含めて、アニサキスはさまざまな食品にまぎれている可能性があります。その結果、いつの間にかアレルゲンに曝露し続けて、アニサキスアレルギーになっていたという可能性も捨てきれません。

はたして、もともとアニサキスアレルギーだった人が、アニサキスが寄生している刺身を摂食したことで、アレルギー反応による劇症型のアニサキス症を発症したのか。それとも、もともとはアニサキスアレルギーではなかった人が、アニサキスが寄生している刺身を摂食し、一気にアレルゲンに曝露した結果として、アニサキスアレルギーになったのか。

事故より前にアニサキスアレルギーの検査がおこなわれていたわけではないので、証拠上、どちらか判断するのが難しいのです。

そうした証拠の状況から、この東京地裁の判決も、アニサキスアレルギーになったことと不法行為との因果関係が「判然としない」として、原告が主張していた「食生活に注意を払わなければならなくなったことによる精神的苦痛」は慰謝料算定にあたって反映されませんでした。

この点は、裁判官によって判断が分かれるかもしれないと感じています。私が過去に経験した裁判では、事故前にはアレルギー症状がなかったこと等を強調する立証活動をしました。最終的に、入通院に対応する慰謝料とは別に、アレルギーになったことについて、後遺症慰謝料ないしそれに類する慰謝料を認める心証を開示してくれた裁判官もいました。

●感染したら、記録の保持・作成を

——巨瀬弁護士もアニサキス裁判で代理人をつとめ、裁判上の和解の経験があります。アニサキス症になった人にアドバイスはありますか。

今回の原告のように、なるべく早く、周囲の人の協力を得ながら、食事記録表を作るのがよいと思います。レシート等の資料もできる限り保存しておいてください。

相手(飲食店やスーパーマーケットなど)の記録が失われていく可能性もあるので、相手方にはなるべく早く、食中毒被害にあった事実を伝えておいたほうがよいでしょう。今回の原告も、発症から数日後には店に連絡し、食事後にアニサキス症に感染したことを伝えています。

また、アニサキスアレルギーの検査を受けることもおすすめします。損害賠償請求まで考える場合は、弁護士への相談・依頼も検討ください。

ちなみに、東京地裁の訴訟では審理の対象になっていませんが、食中毒事故では、飲食店に「製造物責任」を追及する可能性もあります。その場合は、そもそも、飲食店に過失がなくても、損害賠償請求をすることができます。

プロフィール

巨瀬 慧人
巨瀬 慧人(こせ けいと)弁護士 大分フラワー法律事務所
2010年弁護士登録。大分県弁護士会子どもの権利委員会委員長。児童相談所非常勤職員。離婚や相続、労働、借金、児童福祉などさまざまなテーマをブログでやさしく解説している。http://blog.livedoor.jp/kosekeito/archives/anisakiasis.html

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