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なぜ日本企業は欧米のような「エリート選抜」ができないのか 外資に行ってしまう最優秀層
東京大学(左、クロチャン / PIXTA)とパリ政治学院(右、Googleストリートビューより)

なぜ日本企業は欧米のような「エリート選抜」ができないのか 外資に行ってしまう最優秀層

日本の大学生のトップ、東大生の希望進路先が大きく変貌している。法学部生に限ると、官僚や法曹といった王道に代わって、外資系のコンサルティング会社の人気が鰻上りだ。実力次第、年齢に関係なく働け、退職してもほかで通用する力を身に付けることができるからだろう。エリートはエリートとして遇してくれるところを求めるというわけだ。

一方、官僚も法曹も、さらには民間企業も、日本の組織は雑巾がけの時間が長い。エリートも徒弟扱いで、地道な現場仕事に一定期間、従事しなければならない。それが、昨今のエリート(エリートの卵)に忌避されているとしたら、早急に手を打つ必要があるのではないだろうか。

そのためには他国の事情を知る必要がある。教育と雇用システムの国際比較に詳しい国際経営学者の山内麻理氏に伺った。(ライター・荻野進介)

●フランス、ドイツ、アメリカのエリート選抜の仕組み

ーー日本とは異なる欧米のエリート選抜の仕組みを教えてください。

フランス、ドイツ、アメリカの例で説明しましょう。一番わかりやすいのがフランスです。いくつかある著名なグランゼコール(高等職業教育機関)の出身者がエリート中のエリートで、卒業生はいきなり管理職として入社します。

高級公務員は今でも人気があり、日本と違い、若いうちから、民間に就職する「天下り」もよくあります。彼らは、希望すれば一定の条件で再び公務員に戻れる特権ももっています。グランゼコールの上位校に入るには当然、難関入試を突破しなければなりません。

これに対し、ドイツでは、大学名はほぼ関係なく、とにかく博士号取得者がエリートとみなされます。ドイツの主要企業のトップのうち半数近くが博士号取得者で占められています。私はこれを、学校間の優劣がなく学位の高さを重視する「縦の学歴」、と呼んでいます。

アメリカの場合、MBA(経営学修士)がメルクマールです。しかも、ハーバードやスタンフォードといった難関ビジネススクールでの取得者が、ハイフライヤー(次世代リーダー)として処遇されます。

ーー日本はどうなのでしょうか。

これはもうご存知の通り、東京大学を筆頭に入試難易度の高い大学の卒業生が、エリートと目され、多くの大企業に総合職として入社します。「横の学歴」が強いのが日本であり、国際比較上も大学間のヒエラルキーが明白と言われています。

そして、入社時点での差を付けない一括採用により、同レベルの大学卒業生が一斉に入社します。総合職というのは、定義上は将来の役員ならびに社長候補ですから、日本の場合、エリートの数があまりに多過ぎるというとらえ方ができます。一方で、フランス、ドイツ、アメリカのような、一目でわかるエリートは日本にはいない、という見方もできます。

●日本は若者に「差をつけにくい国」

ーー日本企業はなぜもっと明確なエリート採用をやらないのでしょう。

「早くに差をつけると、不都合が起きる」からでしょう。たとえば、都市銀行は一時、年間1000名ほどの新卒を総合職として採用していました。多くは難関大学の卒業生です。もし、その1000名のうちあらかじめ50名を選抜し、別トラックで処遇すると、残りの950名が腐ってしまうでしょう。自分も同じ大学なのに、なぜ彼だけ優遇されるのかと。

採用にも悪影響が出る可能性があります。あそこに入ると最初からエリートと非エリートが選別されてしまうから避けておこう、と思う学生が結構いるはずです。そうなると、偏差値上位校出身者の応募総数が減り、結果として学生の質にも悪影響が出てくるかもしれません。採用母集団の質量がともに下がる可能性があるのです。

ーー逆に、エリートとして遇してくれるなら行きたいと、人気が高まるケースもあるのではないでしょうか。

そうですね。そういう意味では、悪影響が少ないですから、難関大学の学生が行きたがらない業種や中小企業がそうした別格採用をやると、これまで採用できなかった人材を採用できるのではないでしょうか。でも実際のところ、実施したという企業はあまり聞きません。ヨーロッパの中堅企業では、優秀な学生に魅力的なポストをオファーすることはしばしばあるようです。

ーー最近、東大生の就職先が以前とは異なり、実力があれば若くして上にいける外資系の銀行やコンサルティング会社が人気を博す一方、雑巾がけの期間が長い日本の大企業の人気が凋落しているという状況があるようです。将来のエリート候補に見放されてしまい、このままでは、日本企業の競争力が落ちてしまうのではないか、という不安があります。

確かにそうした傾向が年々強まっているようです。ただ、外資系の銀行もコンサルティング会社も、新卒の採用数はせいぜい1社あたり10〜20名です。一方で、都市銀行や商社など、国内の大企業は毎年、数百名単位を採用します。

ただ、フランスのようにエリート採用を行っている国でも、(少なくともBrexit以前は)理系グランゼコールのトップ校出身者がロンドンの金融街に行きアメリカのインベストメントバンクに就職するのは良くあることでした。オックスブリッジの卒業生も同じです(アメリカの人気企業に優秀な若者が行くのは多くの国で見られる現象です)。

自らがエリートであることを自認し、処遇差を最初から求めるエリートが欲しいのか、高い能力を持ちつつも、大勢の仲間との協働やチームワークを好むエリートを多数求めるのか。業種、ビジネスモデル、戦略、はたまた自社の風土や文化に応じて、それぞれの企業が独自に判断し、実行するべきでしょう。

ーーいや、日本企業の人事も既に結論を出しているのでしょう。うちは前者のタイプは要らない、後者で十分だと思っているのではないかと。

そうですね。でももっと狡猾なやり方をしている日本企業もあるんです。入社時あるいは直後ではなく、数年後にきっちり幹部候補生を選抜したうえで海外に送り、そこでエリート教育を行うんです。

ーー人目から隠して選抜、育成をすると。それはうまいやり方ですね。

はい。そうした裏技を使わないと、若いうちは大っぴらにエリート選抜ができない。その背景にあるのが、日本は若者に「差をつけにくい国」だということなんです。

●若者がバラバラに社会に出る欧州、一斉に出る日本

ーーどういうことでしょう。

OECD(経済協力開発機構)が所定期間で大学を卒業する学生の割合を調査しています。それによると、諸外国の平均が約40%であるのに対し、日本は95%なんです。ちなみに、ヨーロッパは十数年前に学位取得に要する期間を統一し、学士3年、修士2年としましたが、所定期間を意識していない若者も多いそうです。

なぜかと言えば、欧州の中学、高校では落第や、逆に飛び級が当たり前だからです。それに加え、大学は多くが公立で、授業料が無償の場合が多く、グランゼコールのようなごく一部を除き、厳しい入試もないので、入学はしやすい反面、きちんと勉強しないと学位はとれません。

つまり、落ちこぼれの退学者が毎年、結構な数いるんです。結果、学位を取れる時期もバラバラですから、卒業する時期もバラバラになる。

ーー日本は違いますね。

その通りです。入試はそれなりに難しいですが、入ってしまったら、課題レポートの内容が厳しくチェックされることはなく、提出したら単位をくれる甘い教授がいっぱい(笑)。外国人が日本の大学で教え始めると、まず面喰うのはそうした学生に甘い「慣習」だそうです。

日本は私立大学が多く、それらは学生からの授業料中心に運営されていますから、それを支払ってくれる大切なお客様を粗末に扱ってはいけない、ましてや落第なんて、というわけです。

結果として、22歳の若者が、毎年春に、大量の新卒として社会に出てくる。それを目当てに、前年から企業がしのぎを削り、あの手この手の採用活動を繰り広げるわけです。これが日本独自の新卒一括採用です。

企業にとって、まるで投網をかけるように、新卒学生に対して一括アプローチができる、非常に効率的な若手人材の獲得方法です。これが他の国ではできない。やりたくても卒業時期がバラバラ、年齢もバラバラなんですから。

一時期、日本でもギャップ・イヤーというものが喧伝されたことがありました。卒業と就職の間を埋めるため、ヨーロッパではギャップ・イヤーという制度があり、そこで留学やアルバイト、ボランティアを行い、次に備えるというわけですが、そもそもヨーロッパの大学生は、就学中に長期のインターンシップに参加したり留学する人が多く、卒業のタイミング自体がバラバラです。なので、日本とヨーロッパの差はギャップ・イヤー程度で埋められるほど小さくありません。

●日本で職業訓練中心の大学を作っても、ドイツのようにはならない

ーー同じ大学と名がついても、日本と他の国では性格が大きく違うというわけですね。

そうなんです。日本の大学は特に文系の場合、一生懸命勉強しなくても卒業できます。4年間の大学生活を経て、企業に入った途端、同僚との出世競争が始まるイメージですが、これが特にヨーロッパでは違います。

ある意味、出世競争が既に大学のときから行われているとも言えます。成績はもちろん、学士で終わるか、修士、博士まで行くか、何歳でそこまで辿り着くのか、それらがすべて就職に直結している。どんな企業のどんなポストに、どのくらいの給料で雇われるのか、それを決めているのが大学での勉学やインターンシップなどの就労経験です。

ーー理系はともかく、日本では大学と企業の距離が遠いというわけですね。現・日本共創プラットフォーム社長の冨山和彦さんが以前、日本の大学を、研究に力を入れ、グローバルに通用する人材を育てるG型と、職業教育に力を入れ、地域経済の生産性向上に資する人材を育てるL型とに変えたほうがいいと提言していました。大学と企業の距離を縮めるのがまさにこのL型だと思います。いかがでしょうか。

職業教育というと、私はドイツ語圏のそれをイメージします。冨山さんがイメージする大学における職業教育とは個別の大学とせいぜい数社の企業が一対となって推進するものでしょうが、ドイツの職業教育は体制からして大きく異なります。

産業別労働組合、地域の商工会議所、雇用者連合、州政府あるいは連邦政府が一体となってカリキュラムをつくる。企業は人材と資金を提供し、職業教育に不可欠な就業の場も用意します。カリキュラム修了者には一定の資格が付与され、就職に大いに役立つ上、共通のカリキュラムを使うため、企業横断的な技能も習得できます。

ドイツではここまでやって、はじめて職業教育といえるのです。日本では、ジョブ型と言っても各社・各学校が勝手に決めるジョブなので、雇用流動性を高めたり、DXを推進する上では不十分です。ドイツで世界一の統合基幹システム(ERP)が生まれた背景にはそうした企業努力もあるのです(参考:「SAPの成功:ドイツの制度環境からの一考察」)。

●日本型がうまくいかないから欧米型を真似するのは愚か

ーー日本の仕組みや制度の旗印が悪くなると、「ヨーロッパでは」「アメリカでは」という通称“出羽の守”が幅を利かせるんです。昨今でいうと、ジョブ型雇用推進者がその典型でしょう。

なぜ欧米では採用と職務が紐づいており、日本では紐づいていないのか。そうした違いは本日お話したエリート選抜や新卒採用の仕組み、あるいは大学の位置付けなど、すべての事情が複雑に絡み合って生まれてきたものです。

それを理解せず、日本型がうまくいかなくなったから欧米型を入れよう、真似よう、という姿勢は愚かとしかいいようがありません。メンバーシップをジョブ型に本気で変えようとするならば、歴史的背景含め、日本と欧米あるいは欧州の、教育や雇用システムの違いを理解したうえで、経済界、教育界、労働界、それに政府の代表者が膝をつき合わせ、何をどう変えるのかというコンセンサスをつくっていくしかないでしょう。

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