長時間労働の抑制を目的に、政府は労働基準監督署の立ち入り調査の対象を年内にも広げる見込みだ。現在は1カ月の残業が100時間に達した従業員が1人でもいれば行っているが、80時間に引き下げる。
日経新聞によると、健康障害のリスクが高まる「過労死ライン」と言われる、80時間以上の残業をしている人は約300万人。100時間以上が約110万人なので、調査対象となる人はおよそ2.7倍になる計算だ。
「ブラック企業」が社会問題化する中で、歓迎すべき制度変更と言えそうだが、ネットでは「膨大な企業数に労基署の人が過労死しそうだ」「そんなんやりたきゃまず労基の人員拡大しろよ」などと、労基署の職員を気遣う声も見られる。
労基署は今の人員のままで、調査対象の拡大に対応できるのだろうか。労働問題に詳しい白川秀之弁護士に聞いた。
●「あながち間違っていない指摘」
「労働者の権利を守る為に労働基準法等、様々な法律がありますが、実際に法律をきちんと企業に守らせなければ絵に描いた餅になってしまいます。
弁護士や労働組合も様々な方法で、法律を企業に守らせようとしていますが、やはり、公的な機関が日常的に労働法の遵守状況をチェックし、必要があれば、臨検、監督、捜査等する体制がなければ意味がありません。
労基署は、場合によっては警察権を行使することも出来る労働法の番人と言うべき組織です。取り組みを拡大することは労働者の権利救済にとって必要不可欠と言えます」
白川弁護士は、労基署の意義をこのように説明する。
「ただ、業務に携わる資格を持った労働基準監督官の数は約3000人で、実際に労基署に配属されている監督官は2500人ほどしかいません。このうち管理職は企業の臨検監督を行いませんので、実際に監督などを行うのは、およそ2000人と言われています。
また、労基署の業務は事業所の監督だけでなく、労災関連の業務などもあります」
今の体制では、立ち入り調査の対象が広がっても対応できないのか。
「多くの監督官は労働者の権利救済のために真剣に業務に取り組んでくれるのですが、人員面でそれを支える体制にはなっていません。
諸外国との比較でも、日本は雇用者1万人あたりの労働基準監督官は0.53人です。アメリカは0.28人だそうですが、イギリスは0.93人、ドイツは1.89です。ヨーロッパ諸国と比べると、日本は監督官の数が不足していると、これまでも指摘されてきました。しかし、国はなかなか監督官を増員させてきませんでした」
では、どうすればいいのか。
「労基署が、意欲的に立ち入り調査等を行うことはたいへん良いことだと思います。しかしながら、個々の監督官のがんばりにも限界があります。『監督官が過労死するかも』というネット上の指摘はあながち間違っていないと思います。
そのため、労働基準監督官を増員するように求めていく必要がありますし、そういった政策を掲げているかも、選挙での投票基準にすべきだと思います」