昨今、「ブラック企業」に対する批判が高まっている。もし、運悪くそこで働くことになってしまったら、あなたならどうするだろうか。賃金の不払いなど、あまりにも過酷な状況に置かれた場合は、何らかの法的手段に訴える人もいるかもしれない。
しかし、いきなり裁判を起こすのはなかなか大変だろう。そこで、より簡単に利用できる「労働審判」という制度がある。企業と労働者との間で起こるトラブルを解決するために、2006年にできたものだ。
この労働審判、「ふつう」の裁判と比べると、具体的にどんな違いがあるのだろうか。また、実際に使う際にはどんな点に注意したらいいだろうか。労働問題に詳しい古川拓弁護士に聞いた。
●トラブルの解決案が「審判」として示される
「労働審判は、労働審判官(裁判官)1人と労働審判員2人からなる『労働審判委員会』が、企業と労働者の間に立って、問題を解決する制度です。
いわゆる『ふつうの裁判』(民事訴訟)と、裁判所を利用した話し合いである『調停』とを、足して2で割ったような制度だと考えていただくと良いでしょう」
古川弁護士はこのように切り出した。詳しく説明してもらおう。
「労働審判では、お互いに自分の言い分や証拠などを出したり、相手方の言い分へ反論を行います。裁判と似ているようですが、より柔軟な形でやりとりが行われるのが特徴です。
たとえば、労働審判の手続きは公開の法廷ではなく、裁判所内の会議室のような部屋で行われますし、判断を下す委員会が、証人尋問のような形式を取らないで当事者に事情を聴くこともします」
裁判では裁判所が「判決」を出すわけだが、労働審判はどうなるのだろうか?
「労働審判委員会は、当事者の言い分や証拠を見たうえで、(1)まずは、話し合い(調停)での解決を試みます。
しかし、もし話し合いで解決しなければ、(2)委員会は、妥当と思われる解決案を『審判』という形で、当事者双方に示します」
つまり、労働審判の場合、判決ではなく、具体的なトラブルの解決案が示されるということだ。「審判」の内容に従う義務はあるのだろうか?
「当事者いずれもが審判の内容に異議がなければ、審判告知から2週間でその審判は確定します。そして、当事者双方が、審判内容に従う法的義務が発生します。
逆に、どちらかが異議を出した場合は『ふつうの裁判』、つまり民事訴訟であらためて争うことになってしまいます」
場合によっては、かえって回り道だった……というケースも、あるということだ。
●申立てからおおむね3~5カ月で「そこそこの解決」を得たい場合に有効
そうなると、労働審判は、どんなときに利用するのが望ましい制度なのだろうか? 古川弁護士は労働審判の特徴として、次の3点を挙げる。
(ア)審理は原則3回以内と定められているため、1回目の審理期日から2~4カ月程度(事案の性質や裁判所の混み具合などによって幅がある)で手続きが終わることが多い。
(イ)金銭解決に向けた話し合いや審判がされる傾向が強く、お互いに歩み寄る余地がある場合には有効。
(ウ)民事訴訟では認められることがある「弁護士費用」や「遅延利息」、「付加金(会社へのペナルティ)」などは、労働審判では基本的に認められない。
つまるところ労働審判は、「解決までの期間に多少の幅はありますが、そこそこの解決を、申立てからおおむね3~5カ月程度で得たい場合に有効な制度」(古川弁護士)だと考えられるようだ。
それでは、労働審判と民事訴訟のどちらが自分に向いているのか、判断する基準はあるのだろうか? 古川弁護士は次のように話していた。
「早期解決重視であれば、労働審判を利用するのも一つのやり方ですし、多少時間がかかっても請求できるものをしっかり勝ち取りたいなら、民事訴訟など別の方法をおすすめする場合が多いです。
なお、働き過ぎで病気になったり、仕事中にケガをしたような場合、『労災認定』によって、治療費や生活費などの支給を受けられる場合がありますが、これは労働審判や民事訴訟とは別の制度です。
万が一こうした問題に直面してしまったときには、どんな方法で解決するのがいいのか、ご自身の希望に一番沿うのはどんなやり方なのか、労働問題に強い弁護士に相談しつつ、検討されることをおすすめします」