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原発事故で海外に逃げたら「解雇」 職場復帰は認められるか?

原発事故で海外に逃げたら「解雇」 職場復帰は認められるか?

東日本大震災をきっかけとする福島第一原発の事故が起きたとき、日本に住んでいた多くの外国人が海外に避難した。そのなかに、NHKの委託スタッフとして働いていたフランス人女性のエマニュエル・ボダンさんもいた。

新聞などの報道によると、ボダンさんは20年近くにわたり、海外向け放送のアナウンスや翻訳の仕事をしていたが、フランス政府の避難勧告を受けて、事故直後の2011年3月に出国した。すると、NHKから「業務を放棄して多大な影響を与えた」として契約を解除されてしまったのだという。

事故発生からまもなく2年になろうかという13年1月15日、ボダンさんは「NHKの対応は不当だ」として、東京地裁に裁判を起こした。このように原発事故から避難した結果、契約を解除されてしまった場合、再び元の職場に戻ることはできるのだろうか。

●もし「雇用契約」だとすると、「解雇権の濫用」は許されない

ボダンさんの代理人弁護士は、提訴後の記者会見で「NHKとボダンさんの間で1年ごとに更新されていた業務委託契約の性質は、実質的に雇用契約と同じであり、『解雇権の濫用をしてはいけない』という法理が適用される」という主張を明らかにしている。

仮にその主張が認められたとして、どのようなことが考えられるのか。労働問題にくわしい好川久治弁護士に話を聞いた。

「仮に、雇用だとすると、使用者側は、解雇に厳しい条件が課されます。雇用契約および就業規則に従うのはもちろん、解雇が『客観的にみて合理的理由があり、社会通念上も相当である』と認められなければ、解雇権を濫用したものとされます。そうなると、解雇は無効、元スタッフの職場復帰を認めなければならなくなります」

このように雇用契約と考えられる場合、NHKの契約解除が「解雇権の濫用」にあたるかどうかが焦点となる。つまり、「元スタッフが『フランス政府の避難勧告』にしたがって帰国し、職務遂行を拒否したことが、解雇を正当化する理由となるかどうかが問題となります」。

●「避難勧告」と「避難指示」「退去命令」の違い

この点について、好川弁護士は次のように分析する。

「避難勧告は、あくまでも勧告ですから、避難するかどうかは勧告を受ける側の判断にゆだねられます。この点で、より踏み込んだ『避難指示』や警戒区域からの『退去命令』とは異なります」

「また、避難勧告は、日本にいるフランス人一般に向けて発せられたようですから、原発周辺地域で 避難指示が出されていたというのとは異なり、客観的には、帰国しなければ生命、身体に重大な危険が生じる切迫した危険性があったとまでは言えません」

「避難勧告」の性質についてこう指摘しながら、好川弁護士は「このようにみると、避難勧告があったことだけをもって、職務遂行を拒否する正当な理由とはならないように思います」と説明する。

「元スタッフの帰国によってNHKにどれほどの損害が生じたのか、報道ではわかりませんが、仮に、担当していた報道が中止に追い込まれたとすれば、職務遂行の拒否によってNHKは重大な損害を被ったことになりますので、解雇が有効となる可能性は高まると思います」

●「想定外の大震災」のもとでは「判断の誤り」を強く批判できない面も

このように述べつつも、別の見方もありうると、好川弁護士は続ける。

「ただ、当時は想定外の大規模震災が発生し、情報が錯綜するなか、原発事故という未曽有の脅威が襲っていたときですから、元スタッフの判断の誤りを強く非難できない面もあると思います。元スタッフは、上司や同僚に帰国を告げて仕事の穴埋めを頼んだとも報道されていますので、自らの帰国によってNHKに与える不利益を一定程度配慮していた事情もうかがえます」

さらに、記者会見でボダンさんの代理人弁護士は「彼女はNHKの同意・承認を受けて東京を離れた」と主張しているが、もしその通りだったとすれば、帰国に問題がなかったとされる可能性が大きいといえそうだ。

ただ、裁判が始まったばかりの現時点では、ボタンさんとNHKの主張の全容がはっきりしているわけではなく、事実関係は不明な点も多い。好川弁護士は「結論は具体的事情しだいですし、一般化することは難しいですから、いずれにしても裁判所の判断を待たなければなりません」と話している。

未曾有の災害の影でおきた「仕事のあり方」をめぐる争い。この裁判は、非常時における「働く者と組織の関係」を考えるうえで、注目すべき論点を含んでいるといえそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

好川 久治
好川 久治(よしかわ ひさじ)弁護士 ヒューマンネットワーク中村総合法律事務所
1969年、奈良県生まれ。2000年に弁護士登録(東京弁護士会)。大手保険会社勤務を経て弁護士に。東京を拠点に活動。家事事件から倒産事件、交通事故、労働問題、企業法務まで幅広く業務をこなす。趣味はモータースポーツ、ギター。

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