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配偶者の法定相続「3分の2」引き上げ案修正へ…何が問題だったのか?
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配偶者の法定相続「3分の2」引き上げ案修正へ…何が問題だったのか?

民法の相続制度の見直し議論が続いている。法務大臣の諮問機関である法制審議会(法制審)は、配偶者の法定相続分を今の「2分の1」から「3分の2」に引き上げる案を修正する方向で再検討する方針を固めた。

法制審の部会は2016年6月、結婚期間が長期にわたる場合、遺産分割で配偶者の法定相続分を2分の1から3分の2に引き上げることなどを柱とした中間試案をまとめていた。

ところが、法務省が「パブリックコメント」として意見を募ったところ、反対の意見が相次いだ。団体や個人から167件の意見が寄せられ、「配偶者だけ引き上げる理由がない」「遺言など他の方法が妥当」などの意見が出た。

配偶者の相続分を引き上げる必要はあるのだろうか。他の制度で対応することはできるのか。須山幸一郎弁護士に聞いた。

●どんな議論があったのか?

まず、今回の議論の流れを振り返ってみましょう。相続法制の見直しについては、法制審議会民法(相続関係)部会での検討が始まる以前に、法務省において「相続法制検討ワーキングチーム」が設置され、検討が行われていました。

これは、非嫡出子の相続分に関する最高裁の違憲判断を受けてなされた民法改正の際、「法律婚を尊重する国民意識が損なわれるのではないか」、「配偶者を保護するための措置を併せて講ずべきではないか」といった問題提起がなされたことが背景にありました。

2015年2月、法務大臣より法制審議会に「高齢化社会の進展や家族の在り方に関する国民意識の変化等の社会情勢に鑑み、配偶者の死亡により残された他方配偶者の生活への配慮等の観点から、相続に関する規律を見直す必要があると思われるので、その要綱を示されたい」との諮問が発せられ、これを受けて、「法制審議会民法(相続関係)部会」が新設され、審議を経て、同部会は、2016年6月、中間試案を発表し、7月から9月までパブリックコメントが求められていました。

今回の相続法制の見直しにおいては、(1)配偶者の居住権の保護、(2)配偶者の貢献に応じた遺産分割の実現、(3)寄与分制度の見直し、(4)遺留分制度の見直し、(5)相続人以外の者の貢献の考慮、(6)預貯金等の可分債権の取り扱い等が検討対象となっていました。

配偶者の法定相続分の引き上げの議論は、このうち(2)の検討課題です。

●なぜ、配偶者の相続分を増やすことが検討されたのか?

現行法では、配偶者の法定相続分は、一律に「2分の1」とされていますが、「被相続人の財産形成に対する配偶者の貢献は様々であるのに十分考慮されるようにはなっていないのではないか」、「遺産分割の際、遺産の形成に対する配偶者の貢献の有無・程度をより実質的に考慮し、その貢献の程度に応じて配偶者の取得額が変わるようにすべきではないか」といった問題意識のもとで検討が行われてきました。

詳細は割愛しますが、中間試案では次の3つの案が示されていました。

(1)被相続人の財産が婚姻後に一定の割合以上増加した場合に、その割合に応じて配偶者の具体的相続分を増やす。

(2)婚姻期間が一定期間経過した場合、夫婦の合意(または被相続人となる一方配偶者の意思表示)により、他方の法定相続分を増やす。

(3)婚姻期間が一定以上の場合、当然に法定相続分を増やす。

今回の配偶者の法定相続分の引き上げについては、以上のような背景事情(法律婚の尊重、配偶者の保護措置の必要性)があり、かつ、様々な引き上げの条件が検討されていました。

単純に「配偶者の法定相続分を『2分の1』から『3分の2』に引き上げるのが適切か否か」という議論がなされていた訳ではないことを確認しておく必要があります。

●現在の制度では対応できないのか?

現行法では、被相続人に対する配偶者の貢献を相続において考慮するための制度としては、相続分の指定、寄与分の制度があります。それぞれ簡単に紹介します。

相続分の指定は、遺言により、共同相続人の全部または一部の者について、法定相続分の割合とは異なった割合で相続分を定め、またはこれを定めることを第三者に委託することをいいます(民法902条)。

配偶者の相続分を法定相続分より増やす内容の遺言を作成しておけば、配偶者の貢献を相続において考慮することが可能となりますが、生前に遺言を作成しておく必要があり、また必ずしも配偶者の貢献に応じた内容の指定がなされるとは限りません。

寄与分制度は、相続人の中に、「被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした者」があるときは、この特別寄与者の寄与分を遺産から控除し、残りを相続人で法定相続分にしたがって分け、特別寄与者には寄与分を加えた額を相続分とする制度です(民法904条の2第1項)。

簡単に言えば、生前被相続人に貢献した人に対するごほうびのようなものです。たとえば、被相続人の農業や商店を無償で手伝ってきたとか、仕事を犠牲にして療養看護にあたってきたような場合をいいます。相続人に通常期待される協力は「特別の寄与」とは認められません。

実務的には寄与分が認められるための要件が厳しいうえ、過去の寄与の立証や寄与度合の評価が困難な場合が多く、相続実務においては、相続人の貢献を寄与分として遺産分割の結果に反映することは、かなり困難な状況になっています。

以上のように、遺産分割において、被相続人に対する配偶者の貢献を実質的に考慮することが現行制度で確実に対応が可能かというと、十分可能とは言い切れず、制度の変更については検討の余地があると考えられます。

●検討されていた案のどこが問題とされたのか?

たしかに、遺産分割時に、被相続人の財産形成に対する配偶者の貢献を、現行法上の制度では適切に反映させることが出来ないというケースが見受けられることは事実です。

しかし、現代の家族関係は複雑化しており、子や兄弟姉妹などの他の相続人や、内縁関係にあった者にも被相続人の財産形成等に貢献が認められるケースも多くあります。配偶者の相続分のみを特別に考慮して一律に増加させることは、逆に公平を失する結果にもなりかねません。

また、被相続人が負っていた債務は、相続開始に伴い、法定相続分にしたがって、当然に分割承継されます。したがって、配偶者の法定相続分を増やすことは、配偶者が相続する負債額も大きくなることになります。

被相続人死亡後の配偶者の生活への配慮という観点からすると、逆の結果ともなることも考えられるというわけです。

結局、今後どのような制度にするかについては、冒頭に述べた相続法制の見直しの背景事情(法律婚の尊重、配偶者の保護措置の必要性)と、他の相続人との実質的公平の要請をどう調整するのか、制度が実務的に実現可能なのかという問題に行きつくことになります。

また、家族や配偶者に関わる問題は、国民も様々な価値観を有していますので、現時点では、容易に回答が得られる問題では無いように思われます。

とはいえ、遺産分割事件を数多く扱っている当職からすると、現行法制のままでは相続人間の実質的な公平を図ることが困難な場合も多く、改善の必要性については常々感じています。

具体的には、寄与分制度について、紛争を増加させない程度に少し要件を緩和し、各相続人(又はその配偶者等)の貢献を反映させやすい制度にすることが必要ではないかと考えます。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

須山 幸一郎
須山 幸一郎(すやま こういちろう)弁護士 かがやき法律事務所
2002年弁護士登録。兵庫県弁護士会。元神戸家裁非常勤裁判官(家事調停官)。三宮の旧居留地に事務所を構え、主に一般市民の方を対象に、法律相談(離婚・男女問題、相続・遺言・遺産分割、借金問題・債務整理等)を行っている。

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