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ダイヤモンド・オンライン連載企画/相続が“争族”にならないように

ダイヤモンド・オンライン連載企画/相続が“争族”にならないように

日本は30年後には死亡者数が現在の1.4倍(推計値)となる。大切な方が亡くなった悲しみにくれている間もなく、相続問題はあなたに突然追い打ちをかける。相続問題は資産家だけの問題ではない。誰にでも降り掛かる問題だ。そして、相続問題が長引き“争続”問題となれば、家族の仲がこじれ、残された住まいや会社まで失うケースもある。相続が“争続”とならないためのポイントをまとめた。

●母が亡くなって気付くと妹がすべて遺産を相続

 「10年前、父が死亡した時は母がまだ健在でしたので、父の遺産は全て母にということで私も妹も同意しました。ところが先日、母が亡くなり母名義の不動産の謄本を見たら、すでに妹名義になっていました。先生、これは母の遺産を全部、妹に盗られてしまったということですか」

 相談に訪れた黒川さん(仮名、50代)から詳しく話を聞いてみると、お父さんが亡くなった直後から、急に妹さんがお母さんの世話をするようになっていたそうだ。おそらく、妹はお母さんが亡くなったときのことを見越して、不動産などの名義を姉に気付かれないように変更したのだろう。

 こうしたことは、珍しいことではない。両親が亡くなった途端、家族間で相続問題が顕在化することはよくある。

 相談を受けて筆者はこうアドバイスをした。

 「公正証書遺言があるのだと思います。ただ、あなたは子どもとして遺留分があります。公正証書遺言の謄本を取り寄せてみて、お母さんの遺産関係を調べ対応を考えてみましょう」

 公正証書遺言謄本は、簡単に入手する事ができる。遺言者が死亡後に、相続人(この場合、姉や妹)は遺言者の除籍謄本と相続人の戸籍謄本を持参すれば、全国どこの公証人役場でも、公正証書遺言が作成された公証人役場を教えてもらえる。そして、その公証人役場に出向けば公正証書遺言の謄本を入手することができる。

 また、全国どこの法務局でも不動産登記簿謄本を取り寄せることができる。またその評価額を出すための基準となる、路線価はインターネットで公開されている。

 被相続人(亡くなった方)の取引銀行の支店に出向けば、相続人個々人が被相続人の生前から死後までのその金融機関での取引明細を入手することができる。相続人には被相続人の預金口座明細の開示請求権があると判例(最判平成21年1月22日)が出て以降、各金融機関も開示に応じるようになっている。

 案の定、亡母の公正証書遺言は、妹に対し全ての財産を相続させるという内容であった。

 取り寄せた資料から、母の財産として 3000万円相当の不動産と、預金が母が亡くなる2日前に1000万円引き出されており、死亡時には400万円が残っていた。母は亡くなる直前まで合計1400万円の預金があったのだ。それを、妹が全部取得していることが判明した。

●遺留分減殺請求権の行使は侵害を知ってから1年以内

 さて、姉の遺留分はどうなるのだろうか。

 遺留分の基礎となる財産額は、以下の式で算出される。

 相続人が相続開始時有していた財産額+贈与財産の価格−相続債務の全部

 したがって、

 3000万円+1400万円−0=4400万円

 遺留分の割合は、子どもの場合には法定相続分×2分の1である。

 したがって、

 法定相続分である2分の1(姉妹2人のため)×2分の1=4分の1

 ちなみに、遺留分の割合は民法1028条で、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1と定められている。その他の場合は2分の1で兄弟姉妹には遺留分はない。

 その結果4400万円の4分の1である1100万円の返還を求めて妹に対し内容証明郵便を送付した。

 この行為は遺留分減殺請求権の行使という。期間は民法1042条で遺留分侵害の処分行為の存在を知った時から1年とされている。その期間に遅れないよう内容証明郵便で意思表示をしておくことが必要だ。

 このケースでは妹さんとの交渉の結果、お母さんの入院費用・葬式費用として400万円を支出していることが判明したのでそれを認め、最終的に妹から1000万円の返還を求めることができた。

 相続が発生すると遺産は原則として共有となる。遺言書がない場合(あるいは遺言書があっても遺産の漏れがある場合)には、遺産の共有状態を解消するには相続人全員で遺産分割協議を行うことが必要だ。

 しかし、相続人にはそれぞれの思惑があり、なかなか協議は進まないことがほとんどだ。遺産の中に不動産や株式があると、その評価方法や評価額について意見が対立し、協議が難航することがよくある。そのような場合には家庭裁判所に遺産分割協議の調停を申し立て裁判所で話し合うことになるが、そこでも話がまとまらなければ審判に移行するのが通常の流れだ。

●預金を巡って争われる「寄与分」と「特別受益」

 筆者が家庭裁判所の調停委員をしていて、訪れる方が驚くのは、預金の取り扱いだ。

 預金債権は、法律上は法定相続分で当然に分割されていると考えられているので、相続人全員の意見が一致しなくても、遺産分割調停、あるいは遺産分割審判の対象にならない。もし不満があれば別に訴えを提起して解決しなければならないことだ。

 たとえば、被相続人の預金から、相続人の1人が勝手に引き出した使途不明金の返還について、不満があれば改めて訴えを提起しければならない(最三判平成16年4月20日参照)。

 また、遺産分割で激しい応酬がなされるのが「寄与分」と「特別受益」だ。

 「寄与分」とは 、自分は家業を手伝い労務を提供した、あるいは相続人の療養看護をしたとして法定相続分以上の権利を主張するものだ。ある意味、当事者にとって最もこだわりのある部分といえる。

 ただ、寄与分として具体的に類型化・数値化ができておらず、感情的対立を激化させたり、また遺産分割調停が不成立後、寄与分の問題は審判に持ち込めないので、別途寄与分の審判申し立てをしなければならず、争いが長期化する原因にもなる。

 「特別受益」とは、相続人の一人だけ生前に結婚の持参金や不動産購入資金を出してもらっている場合、その分を相続財産とみなして遺産に加えて分割すべきであると主張するものだ。

 特別受益に関しては、最近、以下のような判例が出た(最判平成16年10月29日)。

 生命保険金は受取人が固有の権利として取得する財産で、相続財産とは考えないとされていた。ところが「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、民法903条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる」と認めたのだ。

 つまり、相続人が生命保険金として受け取った額が、全財産や他の相続人との間にものすごく差がある場合は、いくら生命保険金として固有の権利であっても、そのまますべて生命保険金を受け取れるとは限らないということだ。

 もう一つ、兄弟間の相続問題を紹介しておこう。

 「兄弟で遺産分割ができたのですが 弟から私が取得することになったアパートの家賃の清算を求めて裁判を起こされました」

 やっとのことで遺産分割の協議がまとまり、それに従って登記手続きも済んだのに、また遺産分割終了までの分の家賃の清算を求められたというのだ。最近、この種の訴訟が増えている。

 民法909条は遺産の分割は相続の開始の時に遡ってその効力を生ずると規定している。兄は相続の開始時点から自分の所有物であったと考え、家賃を清算する必要がないと思っていたそうだ。

 ところが最判平成17年9月8日は「相続開始から遺産分割までの間に共同相続にかかる不動産から生ずる金銭債権たる賃料債権は各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し、その帰属は、後になされた遺産分割の影響を受けない」と判断しました。

 したがって兄は相続開始後、遺産分割協議が成立するまでに遺産である不動産から生じた家賃収入を、弟に分割して支払わねばならないということだ。このようなことを避けるためには、遺産分割の段階で家賃の帰属について解決しておくべきだったのだ。

 遺産分割は相続人が全員納得すれば、数ヵ月程度で終わる。ただ、いったんこじれるとあっという間に時が過ぎてしまう。

 相続税申告が必要なのに、法定期限を過ぎてしまうと様々な特例の適用を受けることができない。相続税の申告は、相続人全員が協力して行っておくべきだ。

 すでに述べた預金や使途不明金の問題解決には、その遺産分割協議は相続人の合意があれば協議・調停で解決することができる。遺産分割調停で合意ができなければ、審判や訴訟に移行し、相続開始から数年あるいは十年以上の争いが続くことは日常茶飯事だ。そうなれば親族関係は絶縁状態となるのは間違いない。

 このように審判や裁判を繰り返すのは、精神的にも時間的にも金銭的にも大きなロスとなる。 相続が“争族”あるいは“争続”とならないよう、できるだけ話し合いで解決されることが一番だ。

●エンディングノートは法的拘束力を持たない

 近年、日本では想いをつなぐために「エンディングノート」作成がブームとなっている。エンディングノート作成にあたり、家族に想いを伝えておくことは大変意義のあることだ。

 しかし,エンディングノートは遺言書ではないため、法的効力がないことは忘れてはいけない。

 更に今後、相続争いの予防として遺言書作成がますます増えるだろう。ただ、遺言書を作成してもその内容に漏れや不備があると相続人間での紛争の火種を残すことになる。弁護士による適切なアドバイスの下、相続人に想いを伝えるような遺言書の作成が欠かせない。

プロフィール

森田 英樹
森田 英樹(もりた ひでき)弁護士 森田英樹法律事務所
現在は通常の相談業務だけでなくインターネット相談に力を入れ、あらゆる層からの相談に応じている。また、講演会などの活動も積極的に行っている。

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