離婚後、元夫の姓で生活していたら「旧姓に戻して」と言われた──。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
調停で離婚してから数カ月経ったある日、元夫が「親戚から『姓は先祖から受け継いできたもので、離婚した元妻が同じ土地で生活していれば、名前を汚されることもある』と言われた。旧姓に戻して欲しい」とお願いしてきたそうです。
相談者としては元夫の姓にこだわりがあるわけではないものの、「姓を変えると仕事関係や金融機関などの氏名変更などで面倒」と消極的です。
しかし調停で離婚が成立した経緯もあり「要求を断るとまた調停などになるのでは」と、「もう揉めたくない」という気持ちもあります。このような場合、旧姓に戻す要請に応じる必要はあるのでしょうか。小田紗織弁護士に聞きました。
●しばらくしてから旧姓に戻すこと「不可能ではない」
──離婚した際の姓をめぐるルールはどのようになっていますか。
婚姻の際に氏(姓、名字)を改めた方は、離婚により婚姻前の氏に戻りますが、離婚の日から3カ月以内に婚姻時の氏(婚氏)を続称することを届け出れば、婚氏を称することができます。
通常は、婚姻の際に氏を改めた方が婚氏を続称したい場合、その方が離婚届を出すようにし、その際に併せて婚氏続称の届け出もすることが多いです。今回の相談者も、離婚の際に併せて婚氏続称の届け出をされたのでしょう。
──離婚後数カ月経過した後に旧姓に戻すことは法的に可能なのでしょうか。
やむを得ない事由があれば家庭裁判所の許可を得て氏を変更することができます(戸籍法107条)。
「やむを得ない事由」とは、氏の変更をしないとその人の社会生活において著しい支障を来す場合とされており、単に元夫に言われたから、といった事情ではなく、社会的に支障が生じている客観的事情が求められます。
ただ、婚氏を続称された方が旧姓に戻す場合には、比較的、家庭裁判所の許可が得られやすいようです。
結婚前から現在に至るまでの一連の戸籍謄本を添付資料として家庭裁判所へ提出する必要があります。離婚後も婚氏を続称するようになってからの期間が長引き、社会に定着している状態が続けば続くほど「やむを得ない事由」は認められにくくなるでしょう。
●「旧姓に戻して」無視しても法的不利益ナシ
──元夫からの「旧姓に戻して」との要請に応じないことで法的に不利益を被ることはありますか。
「氏」を「家」を象徴するものと捉えて、元配偶者が婚氏を続称することを嫌がる方もいるようです。
ただ、法的には「氏」はあくまでも戸籍という器のタイトルのようなものです。仮に相談者の婚氏を「山田」とします。元夫の戸籍と元妻の戸籍がそれぞれ同じ「山田」でも、たまたま同じ「山田」というタイトルのまったく異なる器というイメージです。新生「山田」といったところでしょうか。
つまり、相談者が名乗っている新生「山田」という器は、元夫とは何の関係もなく、元夫が口出す権利もありませんので、相談者が元夫の要請を無視しても法的に不利益を被ることはありません。
──仮に「離婚の際、旧姓に戻す約束をしていた」といった事情があった場合、この約束はどういう効力があるのでしょうか。
氏の変更許可の申立てをすることができるのは、氏を変更したい戸籍の筆頭者及びその配偶者です。
仮に相談者が元夫と旧姓に戻すという約束をしたとしても、元夫が法的に相談者の氏を旧姓に戻す方法はありません。
強いて言うなら、約束をしたのに破られたという意味で慰謝料を請求できる余地はあるかもしれませんが(あくまでも「約束」があることが前提です。離婚後の氏をどうするかは本来は相談者の自由です)、たいした金額にはならないでしょう。