ダウンロード違法化の対象を広げる著作権法改正案について、自民党は3月13日、今国会への提出を見送ることを決めた。自民党の文部科学部会・知的財産戦略調査会合同会議でいったん承認されたが、総務会で批判が相次いで、差し戻されていた。こうしたかたちでの法案提出見送りは「異常事態」だという。コンテンツ産業にくわしい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員の境真良さんに分析してもらった。
●一番の問題は「法案の出来」が悪かったこと
今国会に提出が目指されていた著作権法改定案は、自民党の総務会で批判が相次ぎ、結局、提出を見送られるという事態に至りました。ほとんどの法案が粛々と各省庁でまとめられ、与党の支持を得て国会に提出・可決されることからすると、異常事態であり、混乱であるといえましょう。
さて、このような事態に至ったのはなぜなのでしょうか?
一番の問題は、法案の出来が悪かったことなのは間違いありません。今回の改正案によって、「日常的行為が違法化されかねない」という考えが広まってしまった。もちろん、文化庁も「それなりの配慮」はしたのでしょうが、それは読み取ってもらえなかった。(なお、ここについて案文が悪いと考えるのが反対派の見解で、誤解されたと考えるのが文化庁のスタンスでしょう)
と、ここまではよく見られた今回の法案批判なのですが、この考え方の向こうに、筆者からは、2つの視点を提起したいのです。
●著作権法は産業法制の枠を超えたものになっている
1つは、著作権法の意味合いの変化です。
著作権法は、もともと、出版産業の秩序形成のための法だったことから、「印刷行為=複製」を規律することを手法の中核においています。その後、デジタル革命、そしてインターネット革命が起きるわけですが、ここで私たちの表現やコミュニケーションが技術的に複製の連鎖によって再編されていく中で、マンガや小説といった文化的創作だけでなく、書類作成からSNSでのつぶやきに至る私たちの日常的な表現活動のあらゆる部分に著作権法が及ぶことになってしまったゆえんです。
そんな著作権法ですが、他の法制度同様、改正作業は、担当官庁が中心となり、関係する産業界とは文化審議会、そして与党議員とは党政調部会、総務会といった政府・与党調整プロセスを契機として、調整しながら進めていきます。こうしたいつものメンバーとの向かい合いの中で、担当官庁側も、そして産業界側も、著作権法の意味合いの変化にやや目が向かなくなっていたのかもしれません。
とはいえ、産業界の中でも、ご自身が漫画のヘビーなユーザーでもある漫画家のみなさんは、この社会の表現とコミュニケーションの活動の延長上に自身の産業的創作もあるということに自覚的でした。学識経験者の委員の方もほとんどの方はわかっていました。そして同じ視座を共有していた与党議員の方々もいて、SNSを中心にネット上でも多くの識者が加わって、ここに疑念の声の社会的大合唱が生まれたわけです。
そこからの具体的な内幕は政治的すぎて、筆者にはわかりません。なぜ、多くの批判を浴びるほど、審議会の委員の意見について、反対論が小さく読まれるように表現してしまったのか。なぜ、違法範囲に限定を加えるという妥協案が多くの識者から出たにもかかわらず、案文修正をしなかったのか。内閣法制局での再審議など手順を踏み直すことの困難さではないかと推察はしますが、本当のところはわかりません。
しかし、1つだけ言えることがあります。今回の審議会報告書には、2012年改正の評価の中で萎縮効果を積極的に評価する部分があります。しかし、萎縮効果を大きく許容するというのが産業法制ですし、また表現産業の仕組みを過度に簡略化してとらえていて、ここにも、すでに著作権法が産業法制という性格を超えたものになっていることについての認識の弱さが見てとれると思います。
●海賊版対策は「知的財産権の保護強化」だけでは限界ある
2つ目は、海賊版対策を知的財産の保護強化のみでおこなうことの難しさです。
コンテンツ産業の秩序の基礎に知的財産権があるのは、まったく正しいと思いますが、実際に海賊版を減らすには、知的財産保護以上に、消費者に使いやすい正規版を安価に入手できる環境を提供することが大事だということはよく知られています。
スティーブ・ジョブズは、iTunes Storeをはじめるとき、「われわれは違法ダウンロードと戦う。訴えるつもりも、無視するつもりもない。競争するつもりだ」の言葉でよく知られていますが、それ以前から、海賊版対策の黄金律でした。
知的財産権を短絡的に強化しても、その効果は「ゼロまたは限定的」なのです。
それでも、問題を知的財産制度の改定だけで解こうとしたのは、今回については著作権法を所管するだけの文化庁が独力で対処しようとしたからかもしれないですし、あるいは海賊版対策というテーマ設定自体が知的財産推進本部から持ち出されたからなのかもしれません。
●不幸にしてか、幸いにか、時間はできた
さて、今後の方向性ですが、海賊版対策の基本思想に基づくなら、国民の入手しやすさを最大限確保しつつ、その限りにおいて、創作者が受益できる構造という大きなビジネススキームの構築に向かってグランドデザインを描かなければならなくなります。
それは著作権法の調整だけでなく、場合によっては、事業規制や、減税など産業政策的手法、またライセンスプールを作ったり、ユーザーに対する利用ライセンスの調整など、さまざまな施策が動員されるはずです。
この視点からは、今回の改正案の中では、リーチサイト規制の部分が注目されます。産業界による環境整備の努力を無にしないためにも、リーチサイト規制は歓迎できますし、そういう意味では、すでにあるべき方向性は、この評判の悪かった、そしてどうしたわけか調整過程のマネジメントに失敗して国会に提出できなかったこの法案にも、すでに萌芽があったことを歓迎すべきです。
不幸にしてか、幸いにか、時間はできました。関係者がより柔軟な気持ちで、もう一度スキームの設計に立ち向かうことを心から期待しています。
【2019年3月18日追記】
本件について、活発に発言された明治大学知的財産法政策研究所のシンポジウム"「ダウンロード違法化の対象範囲の見直し」これまでとこれから"(3月17日開催)に参加した。本改正案に関する意見としては、本稿とかなり共通なものもあった。
詳細な経緯(桶田弁護士資料 http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ip/_src/20190317/20190317okeda.pdf)、(前田准教授資料 http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ip/_src/20190317/20190317maeda.pdf)を確認する限り、やはり審議会でも提起された客観的限定条件の付加案を事務局が頑なに容れなかったあたりに、今回のプロセスの混乱の原因がありそうだった。ただし、その理由についてはやはりはっきりとした理由は見いだせなかった。