人口がものすごい勢いで減り、住んでいるひとが「超」高齢化していく――。日本がこれから直面しようとする大きな問題のひとつだ。政府は「地方創生」という言葉をかかげて、「地域の特徴を生かしながら持続的な社会を創設」できるよう音頭をとろうとしている。
そんな中で、全国的に類のないユニークな「まちづくり」をしたことで注目をあつめ、視察が押し寄せている自治体がある。岩手県のほぼ中央に位置する人口約3万3000人の自然豊かなまち「紫波町」だ。紫波町は、補助金に頼らない官民連携によるプロジェクトのもと、年間約90万人が訪れるエリアをつくることに成功した。
オガールプロジェクトと名付けられたプロジェクトでは、まちの一角に、カフェやマルシェ(市場)、図書館の入った建物と広場をもうけた。そこには、まちの内外からひとがあつまり、バーベキューをしたり、子どもが遊んだり、中高生たちが図書館で本を借りて勉強するような景色が広がる。
「こんな町に住みたいな、と心から思った」。こう語るのは、全国の公共図書館を取材した『つながる図書館』(ちくま新書)の著書がある文筆家の猪谷千香さんだ。まちづくりの中に図書館を組み入れた紫波町のプロジェクトに興味を持ったことから取材を始め、このほど『町の未来をこの手でつくる』(幻冬舎)にまとめた。なぜ、紫波町は成功したのか。猪谷さんに聞いた。
●これまでの「ハコモノ行政」との違い
――オガールプロジェクトが成功したのはなぜでしょうか?
端的にいうと、これまでの「まちづくり」がなぜダメだったのか、その理由を知っている人物が中心になってプロジェクトに関わったからだと思います。「いままで日本でおこなわれてきた『まちづくり』はダメだ」という反省からスタートしているので、ほかに例のない成功につながったのだと思います。
――これまでの「まちづくり」についてどう考えますか?
道路や建物ありきの公共事業が一般的だったと思います。高度経済成長期の頃からハード面が重視され、まちは整備されてきました。どの地方に行っても、同じような巨大公共施設が建ってますよね。でも、人口が減り、税収も減り、補助金も減りつつある現在、地方自治体にとって、同じ路線でまちづくりを続けることは難しいのではないでしょうか。
実際、多くの地方でみられる中心市街地活性化問題は、自治体がいくら立派な施設をつくっても結局は閑古鳥が鳴いて、行き詰まるケースが少なくないです。たとえば、青森市の第三セクターが運営する複合施設「アウガ」は経営破たんし、市長の引責辞任問題にまで発展しています。良かれと思った公共事業が、市民にとって負の遺産になりかねないわけです。
失敗の理由には、ハードを整備すれば中身は後からついてくるという、自治体の考えがあったのではないでしょうか。そこに住んでいるひとのライフスタイルに合わせて、テナントなどどういうソフトをつくるべきかという発想が欠けると、住民が求めるものと乖離してしまいます。いわゆる、「ハコモノ行政」です。そこに気づかないことには、新しいまちづくりは始まらないのです。
――紫波町でつくられた施設は、「ハコモノ」でないのでしょうか?
ハコモノは建設費がかかるうえ、その何倍ものランニングコストがかかってくる「お荷物」です。紫波町のオガールプロジェクトは一見、大きな施設が建ち並んでいるので、従来のハコモノに見えますが、一線を画しています。
オガールプロジェクトは、当初より建設コストをカットするために建物をわざと小さくしたり、ランニングコストをどうやって捻出するのかということを徹底的に計画段階で考えました。たとえば、エリア内に2012年に完成した最初の施設「オガールプラザ」には、図書館などの公共施設のほか、飲食店や産直マルエシェなど民間のテナントが入っています。
そこには、確実に集客が見込める民間のテナント(ほとんど地元企業)だけを入れて、テナント料からめぐりめぐって図書館の光熱費などをまかなうといった仕組みをつくった。お荷物にするのではなくて、「稼ぐインフラ」にすることを実現したんです。
――いま「地方創生」が盛んにいわれていますが、ほかの自治体の成功例は少ないのでしょうか?
紫波町以外の例もいくつかありますが、ほとんどの自治体は苦労しています。おそらく、これまで失敗の反省ができていないからだと思います。反省しないまま、何かやろうとしても同じ失敗を繰り返すだけです。
その点、紫波町は公民連携でプロジェクトに取り組み、町役場の方たちも、民間の方たちも、本当によく勉強していました。身の丈にあった「まちづくり」をどうしていったらいいか。国内の失敗事例だけでなく、海外の成功事例まで、丹念に調査していました。
●「うわべだけ真似しても失敗する」
――紫波町の成功はほかの自治体でも参考になるでしょうか?
全国の自治体が直面化している問題のひとつに、大型公共施設の老朽化があります。高度経済成長期からバブル景気まで、各地の自治体で美術館や図書館などたくさん建てたけれど、建物の老朽化による建て替え時期がやってきている。しかし今、建て替える予算がない。
だから、どこの自治体も多かれ少なかれ、どう穏やかにコンパクトに公共のインフラを再編していくかということに苦心しています。いかに建設費とランニングコストをおさえる仕組みにするか。紫波町の事例は参考になる部分はあると思います。
――ほかの自治体でも、紫波町と同じことをやればいい?
紫波町にはいま、ほかの自治体からの視察が殺到しています。一つひとつのことは、ほかでもやっていることかもしれません。紫波町だけが突出していたわけではありません。だから、上辺だけなら、おそらく簡単に真似できると思います。カフェとマルシェと図書館と広場をつくればいいわけですから。
しかし、そうではなく、ぜひプロセスを見てほしいです。町役場の方たちは、民間に丸投げせず、自分たちの頭で考え、民間のスピード感に負けない迅速な動きでプロジェクトを進めてきました。民間の方たちは、単に利益を追うのではなく、公共心を持ち、身銭を切って取り組んでいます。
どちらも、「失敗してもどうせ税金だし、自分が責任を取らなくてもいい」と考えている人は一人もいません。だから、紫波町のひとたちがどういうふうに「まちづくり」に取り組んできたのか。自分たちのまちでどういうことができるか。上辺だけを真似すると、似て非なるものができるでしょうね。
――私(記者)の地元も、どんどん魅力がなくなってきています・・・。
本当に地方創生をいうのであれば、たとえば、「大学は都市部に出るけど、就職は地元に戻ってくる」という循環が起きなければいけない。紫波町では12月に最後の大型施設である「オガールセンター」が完成して、保育所や小児科など子育て拠点をつくったり、教育にも力を入れていこうとしています。「まちづくり」は「ひと」です。ひとを育てていかないと、その町は廃れていくでしょうね。
●「行政に任せきりではダメ」
――紫波町のような成功例を増やしていくためには、今後どんな制度が必要になりますか?
一つは、徹底的に情報公開していくことが必要になると思います。紫波町は、オガールプロジェクトが突出して注目されていますが、それ以前から「まちづくり」の条例を整備したり、市民参加や情報公開を進めてきた自治体です。
オガールプロジェクトの担当者たちは、100回以上、説明会を開いて、住民たちの理解をえながら、情報公開をおこなってきました。だからこそ、これだけの斬新なプロジェクトが、大きな反対運動を受けることなく実行されたのです。
住民の信頼がえられなかったら、大胆なプロジェクトを実行しようと思っても失敗する可能性が高い。信頼関係をつくるための情報公開であり、そもそもその情報も、本来は住民のものだという意識がない自治体はダメじゃないですかね。
――最後に、2020年にオリンピックをむかえる東京の「まちづくり」は、どうあるべきですか?
東京は大きな都市なので、簡単にくらべることはできませんが、たとえば東京オリンピックについていえば、少なくともこれまで十分な情報公開がされてきたと思えません。豊洲市場の問題もうやむやになっています。行政として、非常に未熟な印象を受けます。これから、競技場が整備されたり、さまざまな公共事業が進められると思いますが、一都民としては積極的な情報公開と都民参加をお願いしたいです。
逆にいうと、都民の意識も成長しないといけない。たとえば、都議会の情勢は、国会の政局ほど興味の対象にはなってきませんでしたよね。「まちづくり」は、行政や議会に任せきりになるのではなく、都民も疑問を持って説明を求めたり、提案したり、一緒に協力して進めていくことが、これからは必要です。そうしたことが、本当に成熟した「まちづくり」につながると思います。