2020年東京オリンピックのエンブレムの「白紙撤回」が決まった。今回は、エンブレムを始めとする佐野研二郎氏の作品に盗用疑惑が浮上し、その追及にネットが果たした役割は大きかったといえる。しかし、ネットユーザーの中には、度を超えた行為に及んだ者もいたようだ。
エンブレムの原作者である佐野氏は9月1日、自身の事務所のホームページに「人間として耐えられない限界状況」と記し、次のような告白を掲載した。
「私個人の会社のメールアドレスがネット上で話題にされ、様々なオンラインアカウントに無断で登録され、毎日、誹謗中傷のメールが送られ、記憶にないショッピングサイトやSNSから入会確認のメールが届きます。自分のみならず、家族や無関係の親族の写真もネット上にさらされるなどのプライバシー侵害もあり、異常な状況が今も続いています」
このような状況をさして、ネットでは、佐野氏への正当な批判を超えた「私刑」「リンチ」と指摘する声も出ている。ネットの誹謗中傷問題と日々向き合っている弁護士は、今回の騒動をどうみるのだろうか。清水陽平弁護士に聞いた。
●嫌がらせ行為は「偽計業務妨害」になる可能性
「内容を確認していないため、佐野さんへの『誹謗中傷メール』が、正当か、違法と言い得るものかは判断できません。しかし、同じ者が繰り返しメールを送っているような場合や、口汚く罵っている内容であれば、正当ではないと思われます。
また、記憶にないショッピングサイトやSNSからの入会確認メールが届く状況については、何者かが、佐野さんの会社のメールアドレスを使ってそれらのサイトに登録しようとしているのでしょう。しかし、登録をすれば、そのメールアドレス宛に確認メールが届くことは経験上分かるはずです。このような行動に正当性はなく、単なる嫌がらせだと言えます」
こうした嫌がらせ行為は、何らかの罪になるのだろうか。
「会社のメールアドレスは、業務で使用されるものです。嫌がらせによるメールが多数届けば、本来の業務に支障が出るおそれがあります。したがって、会社のメールアドレス宛に、誹謗中傷メールが送られ、記憶にないショッピングサイトやSNSから入会確認のメールが届くという点については、『偽計業務妨害』に問われる可能性があります。
そして、家族や無関係の親族の写真もネット上にさらされているとのことですが、家族や親族のプライバシーを侵害するだけでなく、家族関係を公開されてしまった佐野さんのプライバシーをも侵害しているといえます」
●ネット私刑は「正義感」から肥大化していく
今回の騒動を、清水弁護士はどのように見ているのだろうか。
「このような現象は『ネット私刑』などと呼ばれるようになってきています。ネット私刑では『みんなが批判しているから』『叩かれているから悪いヤツに違いない』という心理から、言い換えれば、個々人の自分勝手な『正義感』から、どんどん肥大化していきます。
一人一人は、単に自分の意見を言っているだけ、と考えているかもしれません。実際に出てきた疑惑について発信をするのであれば、それはそのとおりでしょう。しかし、騒動の発端に関する批判以外の、サイトへの登録や親族等のプライバシー侵害は、それが『正しいこと』だと信じてやっていたとしても、自己満足に過ぎず、客観的に言えば、ただの嫌がらせに過ぎません。
ネット私刑は、最近とても増えており、その事態に憂慮しています。軽はずみな行動をすれば、かえって自分が責任を問われる可能性があるということを意識し、ネット私刑に加担しないようにするべきでしょう」
清水弁護士はこのように述べていた。