生成AIはビジネスにとって、なくてはならないツールになりつつある。検索用途や文章の作成だけでなく、この1年ほどで定型作業の依頼や業務アプリの開発などを任せる事例も増えてきた。
こうした変化は弁護士業界でも起きている。福岡市の「tAiL.(テイル)法律事務所」は、「弁護士一人と生成AIで、どこまでできるか」を掲げ、2025年8月に設立された。代表の原智輝弁護士が生成AIを駆使して、法律業務から事務作業までを一人で担う。
どのように生成AIを活用しているのか、原弁護士に具体的な運用方法を聞いた。
●「パソコン業務は全部AIでできる」
——事務所設立の経緯を教えてください
私はChatGPTの登場後にAIを知りました。最初は何を調べるにも、とにかく一度はAIに投げていました。有料版の制限が来たら帰宅し、解除されるころに起きるといった生活が続きました。
そのうち「AIを使わない仕事はありえない」と思うようになったのですが、業務でAIを使うにはリスクもあります。「一人なら所属先に迷惑をかけることもない」と思い、前職の仕事が一区切り着いたタイミングで独立しました。
業務内容も生成AI関連で、企業の生成AI導入支援や、関連する法律問題を中心に扱っています。既存業務に左右されず、新しいことに全振りできるのが独立のメリットだと感じています。
——事務員がいなくて困ることはありませんか
私の持論は「パソコン業務は全部AIでできる」です。企業法務だとクライアントとのやり取りや打ち合わせはオンラインでも済むのでAIの領域です。設立から1年経ちますが、不便は感じません。
事務員の必要性は、業務のうち何がデジタル化され、何がアナログのままなのかによるのでは。書類を紙で管理している、依頼者がノーアポでやって来る、記録の謄写に行かなくてはならないなど、事務員がいると助かるシーンはあるはずです。
――逆にAIを使わない領域はありますか
クライアント対応と案件処理です。ここは弁護士が一番リソースを割くべきところで、AIで代替しては意味がないと考えています。下調べや構成づくりなど、AIの助けは借りても最後は自分で仕上げます。
やらなくていい仕事、やりたくない仕事をAIに任せて、自分が価値を出せる仕事に時間を使う。それが基本コンセプトです。
――具体的には、AIに何を任せていますか
集客にもなるので、まずはウェブサイトをつくりました。その次が、事務局が担いそうな名刺管理、顧客管理、会計管理アプリの開発です。いずれもバイブコーディング(注:AIに指示を与えてコードを書かせること)です。
たとえば、名刺はスマホで撮影して送ると、AIが読み取ってデータベースに登録します。「この人と最後に会ったのはいつで、何を話した?」と聞けば、登録データをもとに教えてくれます。
実家が熊本なので、近くの福岡で開業しましたが、九州はそもそも生成AIを使っている企業が少ないので、著作権や個人情報などの話をしても響きません。
自分がエンジニアになりきって、AIの便利さや自身の技術的な裏付けを示せて初めて、「御社で導入するなら、こういう法的課題をクリアする必要がありますね」という話ができます。
実際、開業したてのころは、エンジニアのコミュニティやAI活用の勉強会に顔を出し、自分の使い方を見せることから始めました。「弁護士なのに珍しい」と面白がってもらえて、セミナー登壇などにつながりました。
●AIに選ばれる事務所HPに
——問い合わせは九州が多いんでしょうか
九州からの問い合わせは、一度は会ったことがある人がほとんどです。オフラインの信頼が大事な土地柄なのだなと改めて感じています。
面識のない人からの問い合わせは、東京や大阪が多いです。AIの回答でうちの事務所が出て来るようです。
――ウェブマーケティングにもAIを活用しているのでしょうか
ClaudeをGoogleアナリティクスやサーチコンソールと接続して、「先月のレポートを出して」と頼むと、流入元や離脱ポイントを分析して改善案を出してくれます。
その仮説を実際の画面と照らし合わせ、ボタンが小さすぎないか、記事の構成が視覚的に読みにくくないか、などを検証します。
SEOやAIO対策として、記事づくりでは競合事務所が書いていないのに検索ニーズがあるテーマをAIに探させ、記事構成もAIに作らせます。
ただ、内容は私が決めます。AIに私をインタビューさせて、話し言葉を適切な文章に整えてもらう形です。私の経験や根拠こそが価値なので、そこはAIに触らせたくありません。慣れれば1本20分ほどで投稿できます。
●必要なツールはAIでつくる
――法律相談の場面でもAIを使っていますか
直接ではなく、AIで自作したアプリを使っています。
たとえば、簡単に図が書けるアプリ。相談を聞きながらビジネススキームを図にして、「ここが個人情報保護法に引っかかります」などと書き込んでいきます。最後にリンクを発行すれば、クライアント用のレポートになり、顧客満足度が上がります。
現在は法律関係の記事について、クライアント向けにより深掘りした中身の濃いものや、法改正に対応したものをつくっています。AIを使えば、いろんなことができるようになったので、問題になりそうなことを先回りして記事化したいです。
事務所のMCPサーバーにつないで質問してもらえれば、AIが関連する記事のURLを示します。クライアントは私に聞かなくても、いつでも知りたいことを知れる。そうすると、私自身の時間も浮きます。
もし読んでも分からないなら、そのままスケジュール調整ツールからオンライン相談の予定を入れられるようにしています。
ただし、自分が書いた記事がベースとはいえ、AIに直接回答を出力させるとニュアンスが変わってしまう可能性もあるので、そこはやっていません。
――ツール代はどのくらいかかっていますか
月4万円ほどに抑えています。ChatGPT、Claude、Geminiはそれぞれアカウントを持っています。以前はSalesforceなどのSaaSも契約していましたが、全部解約して必要なものは自分で構築しました。
2025年のMITのレポートによると、企業の生成AI導入のうち約95%は、会社の損益に目に見える効果を出せていないそうです。残りの5%は外注費などバックオフィスのコストを削ることで、大きなリターンを得ているといいます。
1人あたりの金額は小さくても、従業員が何人もいれば、削減額は年間で百万〜千万円単位になります。私が実践しているからこそ、「興味はありませんか」と営業トークに生かせているのだと思います。