学歴をテーマとするYouTubeチャンネル「wakatte.tv」の出演者が、福島大学を取り上げた動画で、放射能研究について「福島大には触らせたくない」と発言し、批判が集まった。
反発の声は、福島大の内側からも上がった。「たくさんの人たちを愚弄している」とXに投稿したのは、経済経営学類の熊沢透教授だ。専門は社会政策学で、学歴と職業能力の関係についても長く研究してきた。
なぜ、今回の動画に強い反発を覚えたのか。
熊沢さんは弁護士ドットコムニュースの取材に「あくまでも一人の教員」として応じた。大学という組織の立場からは語りにくい部分も含め、その怒りの根にあるものを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●高田ふーみん氏「福島大には触らせたくない」
動画は8月28日に公開された。学生が放射能研究を「福島ならでは」と挙げたのに対し、出演者の高田ふーみん氏が「ただ、放射能とか原子力って、これ本当にエネルギーで超重要な問題なわけですよ」と述べたうえで、「福島大には触らせたくない」と発言した。
この場面がSNSで拡散して批判が集まり、動画は一度非公開に。8月31日には注意テロップを加えた版が再公開された。
福島大学は9月1日、佐野孝治学長名の声明を公表。「教育・研究活動に真摯に取り組んでいる学生・教職員が、尊厳を傷つけられることがあってはならない」と表明した。
その後、動画は再び非公開になり、出演者が謝罪した。馬場雄基福島市長や内田広之いわき市長もXで声明を出すなど、波紋は広がった。
「東日本大震災と原子力災害、そして放射能に関する研究を揶揄するかのような表現については、見過ごすことはできません」(馬場市長の投稿)
●投稿したのは、大学の内側にいる教員だった
「なんでうちの大学がこんな言われ方せなあかんのかな。真剣に関わってる福島大学関係者はとても多いし、この地で原発問題に取り組んでいるのは大学人だけじゃない。たくさんの人たちを愚弄している」(8月31日朝のX投稿)
こう投稿したのが熊沢さんだった。
「書くと長くなるし、あまり真剣に書いてもこの人たちには伝わらないだろうと思ったし、動画を目にして朝からげんなりした。『ふざけんな』という気持ちを短く形にしたわけです」
では、「書くと長くなる」中身とは何だったのか。
「動画に出ていた2人の、ひいては彼らの考え方を受け入れる人たちには、『解像度』が低いと言わざるをえません。知るべき背景や細部への認識が足りていない。ここでの『解像度』とは、学歴と能力の関係。福島と福島大学についての理解。そして、原発事故の後にこの地域で生きるということについてです」
●研究対象そのものだった「学歴と能力」
熊沢さんの専門は社会政策学。19世紀半ばのドイツやイギリスで、劣悪な工場労働と貧困を切り離さずに捉えようとしたことに始まる学問だ。
熊沢さんはその研究を通じて「仕事の能力がどのように養成され、時代や社会でどう定義されてきたか」に関心を持ってきた。
仕事の能力とは、いつの時代、どの社会でも変わらないものではない。その時々の社会によって定義され直していくものだと説明する。
「学歴が強い規定力を持つことは否定できない。さりとて、その人に何ができるかを必ずしも学歴は保証しないと言われ続けている。私は、学歴とその人のありようを粗雑に結びつける議論について、そもそも批判的な立場です」
●学歴とは「不安定な理屈」
もちろん、現代社会で学歴が人の人生に大きな影響を与えていることも否定できない。
「明治以降、日本は学歴身分社会であり続けました。しかし、学歴というのは、ある結果が不公平であることを正当化する理屈です。本来は、ものすごく不安定な理屈なんです」
たとえば、就職や収入、社会的地位に差がついたときに「学歴が違うから」と説明すれば、その格差は本人の努力や能力の差によるものとして受け入れられやすくなる。
しかし、学歴がその人の能力や価値を完全に表しているわけではない。だからこそ、社会にはある種の「歯止め」があったと熊沢さんはいう。
自分より学歴の低い人を笑ったり、馬鹿にしたりしない。「人の価値は学歴では決まらない」という理念だ。
「ところが、そのようなわきまえがなくなり、理念を笑いだした。理念を笑うだけでなく、それがむしろ受けるようになってきた」
●福島大学が15年続けてきたこと
熊沢さんが指摘するもう一つの「解像度の低さ」は、福島大学と原発事故との関わりについてだ。
「たとえばアインシュタインやオッペンハイマー直系の理論物理学や原子物理学とか、純理論の専門家を数多く輩出しているかといえば、そんなことはありません。しかし、福島大学では教育も研究も社会貢献においても、震災と原発事故に直接間接に関わっている研究者、学生がたくさんいます」
福島大学の環境放射能研究所は、世界各地の研究機関と学術協定を結んでいる。
だが、熊沢さんが強調するのは、原発事故に向き合うのは放射能や原子力の専門家だけではないということだ。
「原子力発電と、その事故への対応というのは、ものすごく総合的な取り組みが必要なんです」
廃炉技術や放射能の危険性を研究する人がいる。一方で、避難を余儀なくされた家庭が避難先でどうなったか、離婚に至った夫婦がどれだけいたのかを調査する研究もある。
経済学、経営学、社会学、教育学、農学──。「福島大学に存在しているさまざまな学問分野が総がかりでこの問題に関わっている」と熊沢さんは強調する。
「原発事故後、土壌を細かくメッシュに区切り、線量を測り、掘ってさらに測る。どの深さまでセシウムが見つかるかを広い範囲で長く調べ、データを蓄積した研究者たちがいる。その作業には、専門家ではない学生たちもマスクをして関わってきました。
教員も学生も、いろんなレベルの人たちが、いろんな領域で関わって、原子力災害の後の福島の中で、学問研究をし、教育をしてきた。その教育を受けた学生がその経験に感銘を受けて社会に出ていくということを、15年続けているわけです。大学は蓄積に自信をもっている。そのことについて、まったく無理解であるということです」
●人の姿や行動から学歴は見えない
そして熊沢さんは、大学の外で原発事故と向き合ってきた人たちにも話を広げた。
「真夏に防護服を着て、マスクとタオルとヘルメットに覆われて除染作業をしている人を見たことがありますか、と僕は彼らに聞きたい。汗まみれになっているかというと、汗まみれに見えないんですよ。何も見えない。全身を覆っているから。
そのような人たちに支えられて、福島大学の教育研究もあるし、福島の生活も今もあると思っている。そこに関わる資格みたいなことを、偏差値とか学歴とかで、絶対に言われたくないのです」
●在学生への誹謗中傷を防ぐ大学の姿勢
福島大学は「教育・研究活動に真摯に取り組んでいる学生・教職員が、尊厳を傷つけられることがあってはならない」とする学長声明を出した。
さらに大学は弁護士ドットコムニュースの取材に、学生に対し、SNSでの反論を控えるよう注意喚起したことも明らかにしている。
熊沢さんは、これは「言論統制」ではなく、学生を守るための対応だと説明する。
「学生には不毛な口喧嘩に巻き込まれてほしくない。もうひとつ心配しているのは、動画に出てきた在学生です。彼ら彼女らに対して叩くことでも起きれば、それはまた別種のいじめですから」
●学歴という競争の中にいる現実も
弁護士ドットコムニュースでは、wakatte.tvが「偏差値」を前面に出して発信していることについても大学に見解を尋ねたが、「回答は控えさせていただきます」とした。
なぜ答えにくいのか。熊沢さんは、大学側にも事情があるとみる。
「僕らも広い意味では学歴という競争の中で仕事をしているわけです。福島大学もその序列競争の中で生きているという自覚があるから、答えにくいところがあるはずです。
ただ、大学で勉強することは、あなただけでなく世の中の役に立つと私たちは言いたいし、そう信じてるから、大学で教育をしているわけです。
だから学歴が人のありようを決めるような、特にマイナスのラベルに使われるのは、ろくでもないことですよ。福島大学に来たいと思って来てくれている学生もいるのです」
●「偏差値は、そんなに重要ではない」
最後に、熊沢さんは学生や受験生に伝えたいことがあると話した。
「偏差値は、どこに出願するかという、受験産業が作るわかりやすい指標ではあります。でも、何を勉強して、どんな人になりたいかを考えるうえでは、そんなに重要ではない」
入試の難易度でいえば、「そんなに難しい大学でないのは確か」。それでも福島大学だからこそ学べるものがある。
「その代わり、福島大学で勉強するということは、他の大学ではできない面白さと、ちょっとびっくりするような現実に接する可能性がある。いわば、ある覚悟を持って勉強する環境かもしれない、ということです」
そして、こう締めくくった。
「大学ならではの蓄積と環境と可能性がありますから、福島大学はそういう部分で評価されたい。そんな考えを踏みにじるような考え方の動画だった。福島大学の学生には、もっと有名な大学があるからといって、萎縮したり、不本意に思ったりしないでほしいし、こんな動画でショックを受けてほしくありません」
【プロフィール】
熊沢透(くまざわ・とおる)。福島大学経済経営学類教授、政経学部設置準備室長。専門は社会政策、労働問題。社会政策学会代表幹事。福島県最低賃金審議会会長。著書に『人事労務管理の歴史分析』(共著)など。