ネットの誹謗中傷をめぐる裁判では、賠償金の相場が低い一方、投稿主の特定にかかった費用がほとんど認められないケースもあり、被害者が泣き寝入りする原因になっている。
そんな中、被害回復を後押ししそうな判決が、このほど東京高裁であった。賠償金約30万円に加えて、特定にかかった費用約90万円がすべて認められたのだ。
一審でも同額の賠償金は認められていたが、特定費用については3万円だけ。つまり裁判で勝ったのに被害者側がマイナス60万円近い(30万+3万-90万円)「費用倒れ」になっていた。
事件を担当した藤吉修崇弁護士によると、特定費用が全額認められる逆転判決は珍しく、ツイッターで判決文を希望する同業者を募ったところ、20人超の弁護士から連絡があったという。
「特定の際、仮処分という裁判所の手続きには至らず、サイトの管理人が任意で情報開示したケースでその開示の費用が損害として認められている点でも珍しい(プロバイダに対しては裁判を行っている)。この流れが続いて、ネット中傷の抑止力になることを期待しています」(藤吉弁護士)
高裁判決に対して反響があり驚いた。
— 藤吉修崇@YouTuber弁護士•税理士 (@fujiyoshi_ben) May 26, 2021
誹謗中傷問題に対する世間の関心が高まっててよかった。
弁護士に支払った費用が損害として認められないと、殆どの場合支出の方が大きくなる。
ログの保存期間という大きな壁があるので、開示される当事者は極一部のうえ慰謝料も低くなりがち。
この流れが続けば! https://t.co/6HLZwm2tl7
●スピードが求められる分、特定に費用がかかる
この事件は、とあるネット掲示板に書かれた誹謗中傷をめぐるものだった。
ネット中傷で裁判を起こすには、匿名の書き込みの場合は相手を特定しなくてはならない。
サービスやプロバイダ側のログが消えると特定できなくなるので、弁護士にはスピードが求められる。
「結果的に書き込んでいたのは全部同じ人だったのですが、件数がとにかく多かった。各投稿について、個別に違法性を指摘しなくてはならないので、どうしても手間がかかってしまう」
優先して作業するため、一定の費用はどうしても請求せざるを得ない。海外企業がかかわっていれば、翻訳費用などが上乗せになることもある。今回、特定関連の費用は約90万円だった。
「相談者には、ログが残っていなくて特定できない可能性があることも含め、かかった費用を取り返せる保証がないことを必ず説明しています。泣き寝入りする人も多く、申し訳なく思っていました」
今回の一審も慰謝料30万円と裁判の弁護士費用3万円が認められた「勝訴判決」だったものの、約90万円かかった調査費のうち、認められたのは3万円だけだった。
●費用認めない理由、弁護士に頼まなくても特定できるから?
裁判によっては調査費が全額認められることもある。いったい何が判断を分けているのか。
「理屈のうえでは、必ずしも弁護士に頼まなくても加害者の特定はできるので低く抑えられがちなんです。
大雑把に言えば、不法行為の損害賠償請求の民事訴訟で勝訴すると、概ね賠償額の1割が弁護士費用として認められるのですが、これに準じて特定費用も賠償額の1割とするケースが多くあります」
全額を認めた今回の判決は、この点について、開示をめぐる法的手続きの複雑さやログが消えてしまうことなどに触れ、次のように判示している。
「匿名の誹謗中傷による被害を受け、迅速な対応を求められる被害者が、弁護士に依頼することなく、投稿者を特定するための手続を自ら行うのは相当困難であって、被害者に対してこれを期待するのは酷であるといわざるを得ない」
●改正プロバイダ法に残った課題
ただし、常に特定にかかった費用が全額認められるべきかと言えばそうではない。弁護士が費用を決めることから、不当に膨らまされている可能性もあるからだ。
「調査にかかった費用が適正かは判断されなくてはなりません。そのうえで問題がないものについては、全額認めてほしい。
開示にかかった費用について認められる金額にバラツキがあることはずっと問題だと思っていて、今回は控訴費用はいらないから、ということで依頼者にお願いして、印紙代などの実費も弁護士事務所で負担をして控訴させてもらいました。時間をかけて書面も書いたので結果が出て良かったです。初めて判決で泣きました」
ネット中傷をめぐっては、今年4月に改正プロバイダ責任制限法が可決し、来年から施行される見込み。特定までの手続きが簡略化されることで、費用も減る見込みだが、勝訴したときにどの程度回収できるのか、という点も残る課題と言えそうだ。