著名人のデートを目撃した飲食店やホテルの従業員が、その様子を思わずツイッターで流してしまい、騒動となることがときどきある。1月には、タレントの水沢アリーさんとJリーグ・浦和レッズの槙野智章さんのデート現場を目撃したカフェの店員が、二人が来店したことをツイートして、騒ぎになった。
J-CASTニュースの記事によると、年明け早々の1月4日、広島県内の「ドトール」の店員たちが、「やばいやばい サッカー選手のまきのとモデルの水沢アリー来た!」などと、ツイッターに書き込んだのだという。その後、スポーツ新聞が二人の熱愛を報じたこともあり、水沢さんは交際を事実上認めたが、ドトールコーヒーは騒動を受けて、店員らを処分すると表明した。
たまたま有名人を見かければ、つい興奮してしまう気持ちはわからないでもない。だが、彼らにもプライベートな時間はあるはずだ。今回のように有名人の「お忍びデート」の現場をツイッターでさらした店員は、その有名人から「慰謝料を払え」と訴えられる可能性があるのだろうか。石井邦尚弁護士に聞いた。
●人には「私生活をみだりに公開されない権利」がある
「このようなケースは、プライバシー権の侵害として、民法上の不法行為(民法709条)に該当し、損害賠償が認められる可能性があります。
プライバシー権は、『私生活をみだりに公開されない』法的な保障ないし権利として、裁判を通じて確立されてきたものです」
石井弁護士はプライバシー権についてこう解説したうえで、次のようにつけ加える。
「ただし、『プライバシー権を少しでも侵害する表現はすべて許されない』ということになれば、今度は逆に、表現の自由が制限されすぎてしまいます。
そこで裁判では、ある事実について『公表されない利益』と『公表する理由』とを比較考量して、『公表されない利益』のほうが重いと判断した場合に限って、不法行為になるとされています」
プライバシー権を侵害することが許されるような「公表する理由」とは、どんなものだろうか?
「その判断をする際には、公表の理由が『公共の利害』に関する事実であるかどうかが、重要な要素となります。
たとえば、政治家などの『公人』については、私事を公表しても、このような理屈により、プライバシー権侵害とはならないケースが少なくありません」
●芸能人には「プライバシー権」がない?
たしかに、なんでもかんでも「プライバシー権の侵害」とされたら、政治家のスキャンダル報道などはできなくなるだろう。芸能人のプライバシーについてはどうだろうか?
「政治家や芸能人のような公の人物については、『一定限度においてプライバシー権を放棄しているとみるべきだ』という見解もあります。
裁判例でも、個別の事例に基づく判断ですが、芸能人が一定の限度でプライバシー権を放棄している、あるいは私事の公表を容認していると判断したケースがあります」
そうなると、芸能人には「プライバシー」はないのだろうか?
「とはいえ、こうした見解や裁判例でも、芸能人が一律・無限定にプライバシー権を放棄しているなどと認めているわけではありません。
また、著名人という点では同じでも、自ら私事を公開して積極的にメディアに登場している『芸能人』と、そうではない『スポーツ選手』とでは、やや異なった評価がなされることは、十分あり得ます。
たとえば、芸能人のプライバシー権は侵害していないが、一緒にいたスポーツ選手のプライバシー権は侵害している、と評価される可能性もあるのです」
それでは、今回のケースは?
「プライバシー侵害について損害賠償が認められるかどうかは、個別の具体的な事情に応じてケース・バイ・ケースで判断することなので、決定的なことは言えません。
ただ、仮にこの事例が裁判となったとしたら、プライバシー権侵害と判断される可能性は十分にあると思われます」
石井弁護士はこのように見解を述べたうえで、「最近は、一般の人々がネットでうっかり他人のプライバシーを公開してしまうという状況も多々見られます。SNSは速報性と拡散力を備えたメディアでもありますから、情報を書き込む際には十分注意したほうが良いでしょう」と話していた。