外国特派員協会(FCCJ)の会報誌の表紙に、新型コロナウイルスを風刺した東京五輪の大会エンブレムのデザインが掲載されていた問題で、FCCJのカルドン・アズハリ会長は5月21日、デザインを撤回すると発表した。
問題となったのは、FCCJの会報誌「NUMBER 1 SHIMBUN」(ナンバー・ワン・シンブン)の4月号の表紙だ。東京五輪の大会エンブレムと新型コロナをかけあわせたデザインで、その下に「COVID-19」と記されていた。
大会組織委から抗議を受けて、FCCJ側は撤回することを決めた。その際に考慮されたのは、日本の著作権法に照らして、侵害にあたるかどうか。アズハリ会長によると、著作権の専門家に相談したところ、「有利ではない」などという助言を受けたという。
今回のデザインは「風刺」にあたると考えられるが、それでも著作権侵害にあたるのだろうか。齋藤理央弁護士にポイントを聞いた。
●オリンピックエンブレムに著作物性はあるか?
まず問題となるのが、今回の大会エンブレム(組市松紋)がそもそも著作物といえるかどうかです。
なぜかというと、四角形や円といったどこにでもある図形は、創作性が認められず著作権法の保護の対象とならないからです。大会エンブレムも、四角形を円形に配置しているため、著作物性があるか問題となります。
大会エンブレムの著作物性を検討するにあたっては、大阪のランドマークを表したピクトグラム(絵文字)について、著作物性を肯定した大阪地裁の裁判例が参考になります。
裁判例では、今回のケースと同じように、四角形を組み合わせた海遊館や大阪人権博物館のピクトグラムについても、著作物性を肯定しています。
裁判例のピクトグラムとくらべても、表現対象が具体的な建築物か、抽象的な多様性と調和という概念かという違いはあるものの、大会エンブレムは、創作性の現れという点で劣っているとは感じられません。
したがって、大会エンブレムも、著作物性を肯定できると考えられます。
●翻案行為にあたるかどうか?
次に、今回の特派員協会のデザインは、オリンピックの大会エンブレムを土台にコロナの突起を表すデザインを付け足しています。新たな創作性を付加するものなので、翻案行為となりえます。翻案行為をするには著作権者の許諾が必要ですので、無断で翻案した場合、翻案権侵害となります。
欧米では著作権侵害にあたるとしても、パロディや風刺として適法化されるかが議論されます。しかし、日本では、直接パロディについて適法化する規定がありません。特に翻案が適法となる例は、日本の著作権法ではかなり限定されています。翻案権侵害となる場合、日本の著作権法では、今回の利用について適法化するのは困難ではないかと思います。
これに加えて、著作者人格権侵害の問題も生じます。著作者人格権侵害の場合は、勝手に変形をしたり、著作者の名誉を損なうような著作物の利用をしたことについて損害を請求できることになります。
ただし、著作者人格権は、大会エンブレムを創作したデザイナー個人に帰属し、組織委など第三者に移転できません。したがって、著作者人格権についてはデザイナー個人の問題ということになります。
●商標権侵害になる?
さらに、大会エンブレムは、商標登録されているため、無断で類似の商標を使用した点に商標権侵害が成立するかが問題となります。
このとき問題になるのが、今回のデザインの使用が商標的使用と言えるかどうかです。商標法は、需要者が何人かの業務に係る商品または役務であることを認識できない使用態様の場合、商標権の効力が及ばないと定めているからです(26条1項6号)。
今回のケースでは、雑誌表紙に大きくデザインが表示されています。
少し古い判例ですが、ポパイ(米漫画のキャラ)の絵柄をTシャツに大きくプリントした場合、かえって購買意欲を喚起させる審美的効果を狙った使用と理解できると判断して、商標的使用を否定した大阪地裁の裁判例があります。
同じように考えると、今回も雑誌表紙に大きく風刺的にオリンピックのエンブレムを利用しており、読者に向けて内容に興味を引かせる目的で装飾的にデザインが利用されたと考えられます。
したがって、今回は商標的使用にあたらず商標権侵害とならない可能性が多分にあると考えられます。
●不正競争防止法違反になる?
また、オリンピックエンブレムという性質から、今回のエンブレムも全国的に著名ということがいえます。すると、エンブレムを含んだ著名な商品等表示を使用することを禁じた不正競争防止法の問題も出てきます。
ただし、ここでも自他識別機能を果たす使用態様でなければ、不正競争防止法に反しないことになります。そこで、同じようにエンブレムの利用が装飾に過ぎないのか、発行元を識別する役割を担わされているかが問題になるでしょう。