2019年10月22日 09時28分

伝説のAV女優・黒木香は「全裸監督」ヒットに何を思うのか…過去には出版社相手の裁判も

伝説のAV女優・黒木香は「全裸監督」ヒットに何を思うのか…過去には出版社相手の裁判も
『全裸監督 村西とおる伝』(本橋信宏著/太田出版)

かつて「アダルトビデオの帝王」と呼ばれた村西とおる氏の評伝『全裸監督 村西とおる伝』(本橋信宏・太田出版)を原作として、Netflixが制作したオリジナルドラマ『全裸監督』は今年8月8日から配信されている。公開されるやいなや「傑作だ」「面白い」という声がSNS上にあふれた。

1980年代の北海道と東京を舞台に、英会話教材のセールスマンだった村西氏が、ひょんなことからビニ本(ビニールに包まれたエロ本)制作にかかわり、のちにアダルトビデオの監督となり、社会に大きなインパクトを与えるまでを描いている。

バブル時代の空気感とともに、ヤクザや新宿歌舞伎町の街並みなど、外国人から見た日本らしさを意識した映像と脚本は、非常にクオリティが高い。筆者自身、一気に全話を見てしまったほどだ。

Netflixは10月16日、9月末時点の全世界の有料会員数が3カ月前と比較して約680万人増加の1億5833万4000人に達したことを発表している。同作のアジア地区でのヒットが会員増加につながったとみられる。

とはいえ、主演の山田孝之だけではなく、玉山鉄二に満島真之介、リリー・フランキー、石橋凌、國村隼と脇を固めるキャストも名優ぞろいだ。彼らを集めてつまらない作品をつくるほうが、むしろ才能があると言えるかもしれない。

だが、そんな称賛の声と同時に疑問も数多くあがった。その多くは「黒木香さんに許可を取ったのか?」というものだ。(ライター・玖保樹鈴

●女性からも支持を得ていた「黒木香」

『全裸監督』で、森田望智が演じる佐原恵美は、抑圧された環境で育ちながらも、人一倍、性への関心が高い少女時代を過ごす。大学進学後、イタリアへの美術留学資金を得るために村西氏の作品に出演するが、セックスによって自己が解放されて、「黒木香」としての人生を手に入れる。

「黒木香」は1986年、村西氏の手掛けた作品によりデビューした実在の元AV女優の芸名だ。その知性と異様とも言える丁寧な言葉づかいと、わき毛が話題となり、地上波の番組にもたびたび登場。AVの枠を超えて社会現象を巻き起こした。

彼女を取材し続けてきたルポライターの故・井田真木子氏が「この人の可愛さ、一途さを見抜き、最も愛していたのは私たち女のコではなかったか」(『CREA』1994年6月号より)と遺したように、黒々としたわき毛を見せつけながら、笑顔で性的な単語を繰り出す「黒木香」は女性からも絶大な支持を集めた。

当時学生だった筆者の親友にも、彼女に憧れるあまり、わき毛を伸ばして水泳の授業を拒否して、美大を志望する者が現れたほどだ。

作中で森田望智が演じる「黒木香」は、髪型や仕草、言い回しなど、そのすべてが笑ってしまうほど、当時の彼女を彷彿させる。しかし、ただ笑ってはいられない理由がある。彼女は、未来永劫にわたって「プライバシー」を放棄したわけではないからだ。

●「黒木香」が起こした裁判とは

先述の井田氏のインタビューの中で、黒木香は、恋愛関係にあった村西氏が1992年に入ったころに資金繰りが苦しくなり、彼女を突き飛ばすなど愛情のない暴力を振るうようになったこと、衛星放送チャンネルの獲得に取りつかれた村西氏に対して「今、自立しなくては、この人と離れなければ。別れなければ」と思い、1993年に第一線から退いたこと――などを告白している。

そして1994年5月には、滞在していたホテルのベランダから転落したことがわかっている。この転落をめぐって、週刊誌で「自殺未遂」などと書かれたことを受けて、彼女は、記事がプライバシーや肖像権の侵害にあたるとして、複数の出版社を訴えたのだ。

たとえば引退から約10年が経った2004年、彼女は徳間書店(当時は芝ホールディングス)を相手取り、1650万円の損害賠償を求める訴えを起こしている。次のような内容だ。

ある男性ライターが週刊誌上で「直撃ノンフィクション」と題して、アダルトビデオについての連載をしていた。その中で、彼女の現役当時のセミヌード写真やビデオ画像を掲載しながら、村西氏へのインタビュー形式で撮影時の様子や、彼女の家族のことなどを記事化した。性的なことや「投身自殺未遂をした」といった記述もあった。

「黒木香」と呼ばれた女性は裁判で、現役時代の著書にプライバシーに関する記述があったからといって、未来永劫にわたりプライバシーが放棄されたことにはならない、などと主張した。東京地裁は2006年、次のように、出版社側に対して、220万円の慰謝料を支払うように命じている。

「原告がかつてそのようなことをしていたからといって、原告のすべての私的事柄について包括的にプライバシーを放棄したとは認められないし、いつ、いかなる状況の下においても性生活や性行為についての私的事柄を公開されていいとまで同意していたとは認められない」

「その上、一般市民として生活している原告は、性表現者の(芸名)とは全く違う哲学をもっており、引退を契機に原告は(芸名)というものからは離れた旨供述しており、同人は、本件各雑誌が発行されたころには、著書を執筆した当時とは異なる価値観を有していたものと認められる」

●転落は事故であり、自殺未遂ではない

全712ページの『全裸監督』の原作にも、「黒木香」はたびたび登場する。著者の本橋信宏氏は弁護士ドットコムニュースの取材に対して、彼女を取り上げた理由を「こんな素晴らしい女性が存在していたんだ、ということをせめて活字で記録したかったから」と語った。

本橋氏は1987年、村西氏のノンフィクション『ナイスですね』(JICC出版・現宝島社)を手掛けるなど、古くより村西氏に寄り添ってきた人物である。

『全裸監督 村西とおる伝』は、1990年代半ばに企画が立ち上がり、20年以上を経て「満身創痍の村西とおるを書こう」と重い腰をあげたことで、2016年にようやく出版されたという。

同書で本橋氏が目指したものは「自由を求めて生きた人間を描くこと」だったが、映像化は想定しておらず、Netflix側から提案があったと答えた。そしてこの本が少しでも、AV女優たちの汚名返上の役に立てればという思いがあったとも語った。

「ドラマの中で冨手麻妙が演じた奈緒子が撮影終了後、みんなで豚足を食べるシーンで『私、うれしいんだ。誉められることあんまりないから。監督!また一緒に仕事したい』というところに感銘を受けました。

AV黎明期にはよく奈緒子が言ったセリフを、女優たちが口にしたものです。彼女たちにとって自分を必要としてくれるAVは、自己存在を満たしてくれる希少な場になっていました。Netflixと制作スタッフは、彼女たちの声なき声をよく拾ってくれたと思います」

そして「黒木香」と呼ばれた女性に対しては、ネット上に誤った情報が流されていると指摘した。

「彼女の名誉のためにも言っておきますが、ベランダから転落したのは酔って2階から落ちた事故です。ベランダの高さは2メートルもなく、死にたくても死ねない高さです。過去に私は黒木香についての記述がある本を、複数刊行してきました。こんな素晴らしい女性が存在していたんだ、ということをせめて活字で記録したかったからです。

これまで彼女との間に、何も問題は発生していません。2004年に小学館・光文社・徳間書店をプライバシー問題で訴えた裁判は、あくまでも引退してからの私生活と肖像権を侵害しないようにというものでした。彼女の身内にまで取材が行ったことに対して、歯止めをしたかったと関係者から聞いています」

AVデビュー作が売り出される直前に知り合った本橋氏は、当時週刊平凡パンチ(マガジンハウス)で連載されていた彼女と文化人との対談の構成や、マネージャーのようなこともしていたと振り返る。

「対談に登場した故・中上健次が『緊張するなあ』と手をズボンでふき『大ファンです』といって彼女と握手した際には、サブカルチャーがメインを凌駕した瞬間だと感動しました。影では心ない女性評論家たちから『はしたない!』と叱責されて、住まいのある会社に帰ってくると泣いていました。

渡辺えり子が対談で、ジャンヌダルクのように戦う黒木香を心配していたのが印象に残っています。こんなに素晴らしい女性が、文字通りハダカになって世の中を変えていこうとした。戦いながら傷つき、それでも立ち上がろうとした。そんな姿を残しておきたかった」

そして、「引退してからの彼女をバックアップしたり、裁判資料提供やらアドバイスをおこなってきたのは自分の仕事仲間や友人です。裁判に勝利した彼女が友人に対して、明るい未来について語ったと聞いております」とも明かした。

あくまで裁判は引退後のプライバシーを守るためのものであり、現役時代の姿を描いたからではない。本橋氏の言葉からはそんな思いが感じ取れた。

●黒木香とは連絡がとれず・・・

たしかに井田氏のインタビューの最後でも、彼女は次のような言葉を残している。

「私はワイセツの世界に生きる一人の女として、プライドを持ち続けてきたのです。それが、私を求めてくださるたくさんの人たちの期待を裏切ってはいけないという気持ちに通じていました。今でもその気持ちに変わりはありません」

「黒木香」と引退後の女性は完全に切り離された存在で、かつてのAV出演にはプライドを持っている。だから現役時代を描くことに問題はない。たしかにそうかもしれない。しかし、この言葉から25年が経ち、その間に裁判もおこなわれた。そして原作では、そう記述が多くないにも関わらず、ドラマでは重要な役どころになっている。

『実話に基づくフィクション』と銘打ち、村西氏以外の人物のほとんどが架空のキャラクターになっているのに、彼女だけが『黒木香』のままだ。生い立ちこそ設定を変えているものの、出演作品の内容や佇まいなどは、ほぼ当時の姿をなぞっている。

過去の恋愛や性的な言動を、本人の同意なく映像作品という『商品』の一部にしてしまうことに、本当に問題はないのか。法的な瑕疵はなくても、人道的な配慮は必要なのではないか。

Netflix側に取材を申し込んだものの、期日までに回答を得られなかった。また、2004年の裁判で、原告代理人だった弁護士にも取材を申し込んだが「黒木さんと連絡が取れない」という理由で断られた。今回の取材で、かつて「黒木香」だった女性にたどり着くことはできなかった。

●見る側も試される罪深い作品

「性革命」を起こした彼女が、村西氏の逮捕や、会社の資金繰り悪化、恋愛が破綻する過程でどんなふうに心を動かされてきたのか。

年を重ねたある日突然、過去の性的な言動を含めた姿を誰かに演じられるとは、どんなものなのか。それは本人にしかわからないが、彼女の言葉を聞くことができない今、見る側は想像するしかない。

もちろん、それが答えである保証はどこにもない。しかし、想像すらしないまま、ただ笑ったり、楽しんだりして「消費」だけすることは、ふたたび彼女に傷を与えることになるのではないか。

Netflixは『全裸監督』のシーズン2の制作を決定したと発表している。しかし、「たかがAV」では決してない、1人1人が試される罪深い作品だと言えるだろう。それは作り手にも、見る側にも問われるものなのだ。

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