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プロ野球「代理人」の利用進まず、露骨に嫌がる球団も? 一発更改当たり前の異常さ
辻口信良弁護士

プロ野球「代理人」の利用進まず、露骨に嫌がる球団も? 一発更改当たり前の異常さ

レギュラークラスなら、年俸が数千万〜数億円で変動するプロ野球(NPB)。しかし、交渉は球団と選手だけで完結することがほとんどだ。

日本プロ野球選手会によると「代理人」を利用しているのは、毎年10〜20人ほどだという。育成も含めると、日本人選手は約800人だから、割合にして2%程度だ。

もともと選手会にとって、代理人交渉は1985年11月に労働組合として認定されて以来の要求項目の1つ。しかし、2000年に正式導入されたものの、利用者はごく限られている。

1992年、初の代理人として大きな話題を呼んだ、辻口信良弁護士 (大阪府)は「日本の契約意識は当時からあまり変わっていない」と嘆く。(編集部・園田昌也)

●代理人つけるだけでニュース「どんな社会なの…」

「Vヤクルトまさかの大荒れ」(日刊スポーツ)、「球界全体に波紋」(スポーツ報知)ーー。1992年12月10日付のスポーツ紙には、あおるような言葉が飛び交った。

この年、リーグ優勝したヤクルトスワローズ。その中心選手だったキャッチャー古田敦也さん(現・解説者)が契約更改に代理人の同席を求めたというニュースだ。

「代理人をつけるだけでニュース。それってどういう社会なのと思いました。代理規定は明治時代にできた民法にあるんです。遅れた契約社会ですよね」と辻口弁護士は振り返る。

日本球界では、外国人選手については代理人が利用されてきた。しかし、日本人選手となると、野球協約で禁止されているわけでもないのに事実上、代理人交渉が認められないという不平等があった。

「野球一筋でやってきた選手が相手方である球団事務所で、年の離れた複数の球団関係者に囲まれ、対等に話ができるでしょうか。相手は交渉のプロですよ。マスコミにも好き勝手書かれるから、今も昔も、契約更改が一番苦手という選手はとても多いんですよ」

自分のことを売り込むと「厚かましいやつ」と思われるかもしれない。もし保留でもしようものなら、スポーツ紙が「銭闘勃発!」と大きな文字であおり立て、ファンの反感を買うーー。

報酬が高額とはいえ、20年以上在籍する選手は例外中の例外。選手寿命は平均8〜9年と言われるが、入団後5〜6年ほどで約3分の1が引退するという。いつケガして、引退を余儀なくされるかも分からない。生活や人生がかかっているのだから、契約更改は慎重になって当然だ。

しかし、現実は事前の下交渉があるにしても「一発更改が当たり前」という価値観が球界だけでなく、ファンにも浸透している。

●古田さんのリーダーシップが時代を動かした

図表

状況を打破すべく、辻口弁護士が代表をしていた弁護士グループ「スポーツ問題研究会」は1992年秋、12球団に代理人交渉についての質問状を送った。しかし、返事は少数で、回答も「プロ野球全体として考える」など実りはなかった。

同時期、辻口弁護士のところへ、ヤクルトのある選手から、近くの温泉地で日本シリーズを終えたヤクルトの選手たちがオーバーホール(療養)をしているとの情報が入ってきた。

「選手の契約上の地位などについて説明に行ったんですが、選手たちは自分のことですから、当然関心を持って聞いてくれました」

「ただ、最初は複数の選手で代理人交渉を要求するという案も出たのですが、やはり球団から目をつけられたくないとためらう意見も多かったんです」

当時はFA(フリーエージェント)制度もなく、基本は1年契約。「『代理人がついたからいらない』と言われたらどうするんですか」という質問も出たという。

「気持ちはよくわかります。ただ、解雇(契約しない)は球団に必要かどうかで決まるので、代理人をつけるかどうかとは関係ありません。逆にプロとして働けるうちに、よりフェアな契約を結んだ方が良い、と説明しました」

その中で、代理人を使うと決めたのが、古田さんだった。

「『古田くん』は、スッと手をあげてくれた。その後、2004年に日本球界唯一のストがありましたが、そのときの選手会長が彼です。やはり、先を見る目とリーダーシップがありますよね」

1992年の古田さんは、ベストナインやゴールデングラブ賞を受賞。守備負担が大きい捕手ながら、打率.316、30本塁打、86打点と抜群の成績をあげ、入団3年目でも強気でいける立場という事情もあった。

図表

辻口弁護士によると、選手の間でも契約意識が高まった背景には、翌1993年に開幕を控えたJリーグの存在もあったという。辻口弁護士は野球だけでなく、サッカー元日本代表・宮本恒靖さん(現・ガンバ大阪監督)の代理人経験もある。

「サッカーと野球では代理人に対する対応も異なるんです。というのも、サッカーはFIFAの国際的な一元組織の中でのJリーグなんです。そもそも選手に代理人をつけないという発想がない。

ところが野球は、本場のベースボールと日本のプロ野球は組織的には全く無関係です。ですから、米国で代理人制度(エージェント)が盛んでも、日本ではほとんど利用がない」

Jリーグの存在により、日本球界の特異性があぶり出された側面もあったようだ。

●「金額ばかりでなく、交渉の仕方がおかしい」

さて、12月10日にあった1回目の交渉で、古田さんは弁護士の同席を要求するも、球団から拒否される。翌12月11日付のスポーツ報知は、古田さんのコメントを次のように伝えている。

「球団は代表や社長など交渉のベテランが複数いるのに、こっちは一人。こういう交渉の形は正当性がないんじゃないかと思った」

「金額ばかりでなく、交渉の仕方がおかしいと思ったので言ったこと。球団の顧問弁護士さんでも公開交渉でもいい。交渉を客観的に判断できる人に入って欲しい」

すかさず、辻口弁護士も記者会見を開き、古田さんとの契約を発表。日本人選手が代理人と契約するのは初めてで、スポーツ紙のみならず、一般紙も「社会面」で取り上げた。

ただ結局、辻口弁護士が交渉に同席することはなかった。2回目の交渉で、古田さんと球団との間で交渉がまとまったからだ。1回目の提示では年俸9500万円(推定)だったところが、1億2000万円(推定)に。プロ3年目オフの1億円超は史上最速だった。

「同席を拒否されたら、裁判所に無効の仮処分を申し立てようと準備していたんです。でも、本人が納得・満足いく提示があったのなら、こちらの出番はないですからね」

●進まない代理人利用「露骨に嫌悪感を示す球団も」

その後、代理人制度は2000年オフに導入が決まった。しかし、その年度に利用した選手は10人だという(AERA、2007年3月5日)。選手会によると、20年近くたった今も例年10~20人程度とあまり変化がない。

代理人は原則、日本人弁護士とされ、「1弁護士1選手」までとされている。少し古いデータだが、2010年1月時点で「公認代理人」として登録した236人中、代理人経験者は61人だった。

図表

現在、登録は641人(2018年12月18日現在)まで増えた。しかし、利用する選手はあまり増えていないから、大半は登録のみで、未経験のままだ。

一人の選手しか担当できないため、弁護士にとっても収益にはなりづらく、スポーツ好きの弁護士が引き受けることが多いようだ。中には、出場試合をほとんど観戦し、公私ともに親密な関係になることもあるという。

もちろん、利用が進まない背景には、球団側の査定がよりクリアになっている側面もあるだろう。しかし、代理人が歓迎されない風潮も依然として残っているようだ。

「代理人の利用に関して露骨に嫌悪感を示す球団もあります。代理人の利用はプロスポーツ界では当たり前の話ですし、日本のプロ野球界も、そのレベルになってもらいたい。最近だとソフトバンクは利用者数が増えています」(選手会事務局)

辻口弁護士も「ここまで弁護士を忌避している社会は、国際社会でも法社会学的な研究対象として興味深いはずです」と話す。

●ナベツネ氏「代理人連れてきたら給料カット」の波紋

実際、2000年オフに代理人制度の導入が決まると、巨人の渡邉恒雄オーナー(当時)は「もし(代理人を)連れてきたら給料をカットする」と発言し、物議を醸した。

「読売新聞という世界最高部数を誇る『社会の木鐸』のトップがこの有様です。もっとも、渡邉氏は2004年のストライキのときも『たかが選手が』と発言していますが…」(辻口弁護士)

このほか、別球団幹部の声として、「もし使えば、年俸を抑える」「(弁護士費用を)損するだけ」などの声が伝えられている(AERA、2000年12月4日)。

球団側が懸念するのは、年俸の高騰だ。メジャーリーグ(MLB)では、1970年代に代理人制度ができて以降、年俸が高騰し、代理人への批判が高まったという経緯がある。

図表

一方、辻口弁護士は、「代理人は、手品を使えるわけじゃない」と理解を求める。

「球団だって、エゲツないことをしているわけじゃないのだから、代理人がついたからって、年俸は跳ね上がらないですよ。僕らは契約書の内容を整理してアドバイスしたり、査定の合理性をチェックしたりする役目。より合理的に話し合おうというだけなのに…」

その意味では、選手にとっても劇的なメリットは見出しづらい部分もあるのだろう。とはいえ、選手会のガイドラインによると、代理人の報酬は年俸の1~2%。選手にとっては経費として処理できる面もある。

「同世代の弁護士にとりあえず頼んでみる、という利用が広がればと思っているんです。若手や成績が悪かった選手など、交渉力が弱いときこそ、第三者が入る意義は大きいはずです」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

辻口 信良
辻口 信良(つじぐち のぶよし)弁護士 太陽法律事務所
大阪弁護士会所属。日本スポーツ法学会理事、30年以上にわたり、主として選手側からスポーツ問題で発言。ヤクルトスワローズ古田敦也・ガンバ大阪宮本恒靖各選手らの代理人、2013年に指導者による暴力問題を告発した全柔連女子15名の代理人を務める。失敗に終わったが2008年の大阪オリンピック招致の市民応援団長。モットーは「スポーツの平和創造機能」と「スポーツにおける負けるが価値」。その他、離婚・相続等民事事件全般を取り扱う。著書に『平和学としてのスポーツ法入門』(2017年、民事法研究会)、ブログ「スポーツ弁護士のぶさん」(http://dreamannob.cocolog-nifty.com/blog/)。

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