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無人島のシカに蹴られてケガ! なぜ福山市は「賠償金」を払ったのか?
無人島でシカに蹴られてケガをした男性に対して、広島県福山市が賠償金を支払ったという

無人島のシカに蹴られてケガ! なぜ福山市は「賠償金」を払ったのか?

無人島でシカに蹴られてケガをした男性に対して、広島県福山市が賠償金を支払ったというニュースが話題になった。一読して「なぜ?」という疑問が浮かぶこのニュース。いったいどういうことなのだろうか。

中国新聞によると、事故が起きたのは昨年8月のこと。福山市に属する瀬戸内海の無人島で、市内の男性がシカに蹴られて、ろっ骨を折った。福山市は、賠償金として約16万円を男性に支払ったことを、今年5月になって明らかにした。

シカは1980年代に、市が繁殖調査などを目的として数匹を放して以来、棲みついているという。いまでも月1回、市がエサをやっているというが……。はたして今回、自治体にはどんな責任があるとされ、どんな根拠で賠償金を支払うことになったのだろうか。中田憲悟弁護士に聞いてみた。

●市が「管理」するシカが人を蹴ったら、国家賠償法の問題となる

シカが人を蹴ったというこの事件、一体どんな法律が問題となってくるのだろうか?

「今回責任が問題となっているのは、福山市という地方公共団体ですね。この場合、国家賠償法1条にもとづく損害賠償責任が問題となります。国家賠償法1条とは、公務員が職務を行う際に故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる、という規定です。

動物であるシカが『管理』されていて、『管理』に従事する福山市の公務員に『過失』、つまり『注意義務違反』があるとされれば、福山市が賠償責任を負うことになります」

なるほど、たとえシカのしたことでも、市の職員がシカを「管理」をしているならば、市の責任を問えるわけだ。では、この事件のシカは「管理」されていたのか?

「シカも、人間が接近してくれば蹴ったり咬んだりして、危害を及ぼす危険のある動物といえます。そして、本件の場合は、福山市が繁殖調査などを目的として、シカを無人島に放し、エサをやっていたわけです。このような事情をみると、担当の職員はシカを『管理』する者といえそうです。さらに管理をする上で通常払うべき注意を果たしていなかったということが立証されれば、『過失』ありとして、福山市の賠償責任が認められることになる、そのような事態を懸念して、賠償金の支払いがなされたのだと思います」

●動物管理の「過失」の有無が争点となる

だが、もしこれが裁判に持ち込まれた場合はどうなるのだろう。問題になるのは『過失』、すなわち『注意義務違反』の有無だろう。

「シカに関する前例はなかなか見当たりませんが、犬に関して刑事責任(刑法の重過失傷害罪)が問われたケースで、福岡高裁が出した判決が参考になると思います。秋田犬を自宅の庭で飼っており、過去に訪問者に咬みついてケガをさせたことがあるケースでした。

この場合、人が容易に庭に入れないようにするか、庭に危険な犬がいるので注意すべき旨、張り紙をするなどして、庭に赴こうとする者に対して犬の存在を知らせ、不用意に庭に入らないようにする『注意義務』があるとされました。

今回のケースでも、福山市は、島に訪問する者がシカに接触することのないように柵を設置したり、『シカに注意!』という立て看板を目に付くところに設置して注意を呼びかけるような措置をしておかなければ、通常果たすべき『注意義務』を果たしていなかった、つまり、『過失』があるとして、管理責任を問われることになる可能性が高いと判断されるのではないかと思います」

危険のある動物を飼ったり管理したりする際には、人が容易に動物に近づけないようにするか、張り紙や看板で、動物に近づかないように注意を喚起する必要があるわけだ。

今回は市の責任が問われたケースだが、一般人や民間企業が「管理」している動物だった場合はどうか?

「この場合は、民法718条が適用されます。民法718条は、動物を事実上管理する者は、その占有している動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負うとしています」

この民法718条には、「動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない」という但し書きがある。つまり、ここまで検討してきた『過失』や『注意義務違反』がないことを管理者側で立証しない限り、損害賠償に応じなければならないという規定になっている。動物を庭で放し飼いにしたりする場合は、十分な安全対策を講じる必要がありそうだ。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

中田 憲悟
中田 憲悟(なかた けんご)弁護士 はばたき法律事務所
はばたき法律事務所所長 広島大学法科大学院教授(実務家みなし専任)

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