「従業員の執筆物を経営者の個人名で出版することは、著作権上問題はないのでしょうか」。ある会社経営者からの投稿が弁護士ドットコムの法律相談コーナーに寄せられました。
相談者によれば、自分とは異なる共同経営者が書籍の発刊に向けて準備しているが、実はそれは、従業員が業務で作成した研修テキストに書かれたもの。テキストから引用し、自身の著作物としているといいます。
従業員が会社業務で作成した資料を勝手に引用して、個人名で出版することは、著作権を侵害することにならないのでしょうか。「職務著作」として認められるのでしょうか。佐藤孝丞弁護士に聞きました。
●テキストの著作者は従業員
「今回の相談で従業員が作成したテキストは、著作権法上の『著作物』にあたると思われます。これを前提に話を進めますと、当該テキストの著作者が誰であるかが問題となります。
著作権法上、著作者は、当該テキストを作成した従業員であるのが原則です。ただし、次の4つの要件を全て充たす場合、例外的に著作者は、会社となります。
(1)法人等の発意(例えば、指揮命令等)に基づくこと
(2)その法人等の業務に従事する者が職務上作成するものであること
(3)その法人等の著作名義で公表すること
(4)契約、勤務規則等に別段の定めがないこと
今回の相談のケースでは、上記(1)及び(2)の各要件は満たされると思われます。しかし、共同経営者は、自身の個人名で書籍を発行しようとしていますから、上記(3)の要件を満たしません。したがって、当該テキストの著作者は、従業員となります」
●出版をやめさせることはできるのか?
では今回の経営者の行為は著作権侵害に当たるのか。
「共同経営者の出版する書籍は、その大半が従業員の作成したテキストを引用したものである以上、それを発売するなどの行為は、著作権侵害の要件(依拠性・類似性・法定利用行為)を満たしています。
また、著作者には、著作者人格権という権利があります。テキストを作成した従業員には、その意思に反してテキストの公表、氏名の表示、及び内容の変更・切除・その他の改変を受けない権利があるのです。
よって、今回の経営者の出版行為は、従業員の著作権(複製権・譲渡権・翻案権)と、著作者人格権(同一性保持権・氏名表示権)を侵害する可能性が高いといえます。また今回のテキストが一度も研修等で利用されたことがない場合は、著作者人格権の公表権も侵害する可能性があります」
従業員は出版をやめさせることはできるのか。
「従業員は、今回の書籍の出版行為が著作権等を侵害するおそれがあるとして、裁判所へ出版差止めの仮処分を申し立てることで、出版を事前に阻止することができる可能性があります」