2015年04月29日 13時40分

「お前が触っているのを俺は見た」から9年ーー元日銀職員が「痴漢冤罪」を訴える理由

「お前が触っているのを俺は見た」から9年ーー元日銀職員が「痴漢冤罪」を訴える理由
集会で無実を訴える吉田信一さん

電車内で痴漢をしたとして罰金30万円の略式命令を受けた男性が「仕事を失わないために自白したが、本当はやっていない」と、裁判のやり直しを求めている。今年3月下旬に東京・霞ヶ関の弁護士会館で開かれた報告集会で、支援者たちに「言葉にならない苦痛と悲痛が続いている」と訴えた。

この男性は、元日本銀行職員の吉田信一さん。吉田さんは2006年に逮捕され、有罪と判断された。東京簡易裁判所で罰金30万円の略式命令を受けた後、日銀を懲戒免職となった。その後、復職を求めて民事裁判に訴えたが、認められなかった。

そこで、逮捕から約7年後の2013年11月、東京簡裁に対して「再審請求」を申し立てた。しかし今年2月に請求が棄却されたため、即時抗告を申し立てている。

●痴漢で逮捕、罰金30万円

事件の経過は、次のようなものだ。

吉田さん(当時41歳)は2006年11月23日、自宅を訪れた警察官によって逮捕された。逮捕容疑は、1カ月前の10月23日午前7時ごろ、東急・田園都市線の宮前平駅〜二子玉川駅の車内で、当時17歳だった女子高生の臀部を約7分間にわたり触ったというものだった。逮捕から約10日後の12月4日、吉田さんは、神奈川県と東京都の迷惑防止条例違反で、東京簡裁から罰金30万円の略式命令を受けた。

有罪の決め手となったのは「目撃者」の証言だ。事件が起きたとき、被害者の女子高生と同じ先頭車両に、警察官がたまたま乗り合わせていて、痴漢行為をすぐ近くから目撃していたのだ。二子玉川駅で「犯人」が降車すると、警察官は女子高生とともに、その後を追った。

そして、ホーム上で「お前が触っているのを俺は見た」という警察官に腕などをつかまれたのが、吉田さんだった。だが、吉田さんは「身に覚えがなかったし、職場に遅刻しそうだったため、手を振り払って走り去った」という。

その際、吉田さんは駅構内にカバンと靴を落としている。そのカバンに入っていた書類から身元が判明し、1カ月後に逮捕された。そして、翌日「やりました」と自白したのだ。

しかし吉田さんは、身柄拘束の期間が長引くことで日銀職員の職を失いたくない、という一心で「ウソの自白」をしたのだという。

●弁護団が主張する「無罪の理由」

いま吉田さんは「自分は無実だった」と訴えているが、その根拠はどのようなものか。

今年3月の報告集会で、主任弁護人をつとめる指宿昭一弁護士は「そもそも吉田さんは、痴漢の犯行があったとされる1両目の車両には乗っていなかった」と主張する。

吉田さんは事件があった日の朝、自宅の最寄り駅で、階段を駆け上がり、一番近いドアから駆け込み乗車した。階段の位置からいって、6両目か7両目と考えられ、先頭車両ではなかったというのだ。

また、弁護団は、目撃者である警察官の証言の信用性にも疑問を呈する。

「証言者は、『犯人はズボンのポケットに入れた右手で女子高生の臀部を触っていた』と話しているが、弁護団が作成した再現写真では、証言者が犯行を目撃した位置からは、犯人がズボン越しに臀部を触っている様子が見えなかった」(両角禎憲弁護士)

そして、「証言者は、『犯人』と吉田さんを間違えて、つかみかかった可能性がある」と主張している。目撃者の警察官は「犯人」を追って電車を降りた際、「(犯人から)何秒かは目が離れた」ことを認めており、この際に真犯人を見失ったのではないか、というのだ。

●「犯人を見誤ることは考えられない」

しかし、これらの主張はいずれも、再審請求の審理で認められなかった。

吉田さんが乗車した「車両」が1両目ではなかったという主張について、東京簡裁は「(吉田さんの)供述以外に、客観的に裏付ける証拠はない」と指摘した。また、吉田さんの供述内容がたびたび変わってきたことをあげ、「あいまいな供述をしており、信用できない。(吉田さんの)供述がそもそも信用できないものであり、(弁護団の新証拠に)明白性を認められない」と判断した。

一方で、犯行を目撃した警察官の証言には、疑問を挟まなかった。

被害者の女子高生の状況について、痴漢行為をやめさせるために「身体を左右に揺すったり、上下したりしていた」と認定。また、目撃者の警察官についても「痴漢行為を疑った後は、身体を1歩程度移動したり、動かすなどして現認した」と認めた。

そのようなことから、東京簡裁は「現認状況は固定的なものではなく、体位を変え、角度を変えて」いたと指摘して、弁護団の「見えなかった」という主張を否定した。

また、警察官が車内で目撃した際に「犯人の後ろ姿ではなく、左横顔を中心とした犯人の顔が視野に入っていることが認められる」として、「『服装、体型、持っている物』を明確に記憶し、犯人を追跡している」と認定した。

さらに、弁護側が主張するような状況でも「犯人を見誤ることはおよそ考えられず疑いの余地はない」として、警察官が吉田さんを犯人と判断したことに誤りはないとした。

また、吉田さんの「自白」についても、東京簡裁は「体験した者でなければ知りえない迫真性のある具体的なものである」として「十分に信用できる」と判断している。

●「違うもんは違うし、やっていない」

2006年に事件が起きてから、今年で9年になる。吉田さんは、今の思いをこう語った。

「違うもんは違うし、やっていないから。なんでやっていないのに、人生が狂っちゃうの?  なんで何もしていない人が犯罪者になるの? その思いだけ。

日銀にも戻りたい。一生懸命訴えてきて、闘っているが、裁判所は理解してくれない。言葉にならない苦痛と悲痛が続いている」

(弁護士ドットコムニュース)

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