2024年も多くの判決が下された。事件の当事者へのインパクトは当然大きいが、法令の解釈が鋭く争われるなど専門家注目の判決もあれば、報道などで社会的耳目を集めた判決もある。
一般民事事件や家事事件のほか、刑事事件や企業法務まで幅広く手がける神尾尊礼弁護士に、法曹界に留まらず社会的に話題となった著名な判決から、特に画期的だと感じた事例を厳選して、判決の振り返りとともに、重要なポイントに絞って解説してもらった。
今回取り上げるのは、「旧優生保護法違憲大法廷判決」(最高裁令和6年7月3日判決)だ。
●事案の概要
旧優生保護法は、優生学的見地から不良な子孫が出生しないようにすることを目的として、遺伝性の疾患をもった方や、ハンセン病患者等の方々に対し、強制不妊手術などを行う旨定めていました。
当時の通知には、場合によっては身体拘束をしたり騙したりしてもよい、とまで書かれていました。
この法律によって不妊手術を受けた方々が、国家賠償請求をしたという事案です。
●判断の骨子
最高裁は、以下の理由により賠償請求を認めました。
(1)旧優生保護法の規定は、憲法13条および14条1項に違反し、国民に保障された権利を違法に侵害することが明白であり、立法行為が違法である。
(2)改正前民法724条後段(不法行為に基づく損害賠償請求権は、行為時から20年で消滅する)は「除斥期間」を定めたものであるが、除斥期間の経過によって権利が消滅したと国が主張することは、著しく正義・公平の原則に反し、到底容認できないから、権利の濫用として許されない。
●判決の評価
本年唯一の大法廷判決であり、法令の規定を憲法違反だと判断した「法令違憲」は戦後13件目です。
【違憲判決としての意義】
大法廷は、法律が憲法に適合するか判断する場合など、限られた場合にのみ開かれるものです。大法廷判決(決定を含む)は毎年数件程度ありますが、法令違憲(法律が憲法に反しているとの判断)は、戦後数えるほどしかありません。
その中でも本判決が異例なのは、「立法行為が違法」、すなわち立法そのものが違法であって、立法したときから違法であるとしている点です。
たとえば、初の法令違憲判決である「尊属殺違憲判決」(昭和48年4月4日)では、尊属殺を重く処罰すること自体は不合理ではないが、その重さが極端なので違憲、という判断でした。
「在外邦人選挙権違憲判決」(平成17年9月14日)も、立法当時は人的態勢等の問題で致し方なかったものの、ある時期からは対応が可能だったとして違憲という判断になっています。
このように、最高裁は法令違憲と判断した場合でも、立法目的は不合理ではないとか、時間の経過とともに不合理になったとか、立法機関に対して一定の理解を示してきました。
本判決は、立法当時から違法だったという判断を示した点で、踏み込んだ判決だったといえます。
【除斥期間の判断としての意義】
「除斥期間」とは、「時効」とは異なり、当事者の意思表示に関わらず時間の経過のみによって権利が消滅する制度です。
たとえば、当事者が権利行使できない状態だった場合、時効は進行しない(要は権利は消滅しない)のですが、除斥期間であれば権利が消滅します。
ただ、最高裁は、2つの方法で除斥期間を柔軟に考えてきました。
1つは、時効の法意に照らし(事実上時効と同様に扱って)除斥期間の適用を免れるという方法です。「予防接種ワクチン禍判決」(平成10年6月12日)などで用いられた手法です。
もう1つが、損害が遅れて発生する場合は、除斥期間のスタートを遅らせるという手法です。「じん肺判決」(平成16年4月27日)などで用いられました。
1つ目の手法は除斥期間を時効制度に寄せることで、2つ目は損害の性質によって除斥期間を適用させないこととしてきました。
本判決は、時効制度に寄せたとしても時効中断事由がなく、損害もすでに発生していることから、両手法が採れない事案だったと考えられます。
最高裁は、その違法性の大きさなどから、「本件では除斥期間の主張そのものが許されない」という、権利濫用構成を採りました。
除斥期間は、予防接種やじん肺等のように、損害賠償を認めるべき事案であってもその権利を消滅させてしまいかねない強力な制度です。
本判決が他の事案にストレートに適用されることはあまりないとは思いますが、被害救済のアンバランスが生じたときの解決策の1つとして今後も参照される重要判例となると思われます。
なお、改正前民法724条後段はそもそも除斥期間ではなく時効を定めたものではないかとの意見(宇賀克也最高裁判事の大法廷意見)もありますが、複雑な法律論となりますので、ここでは割愛します。
改正前民法724条後段の20年は、法改正により除斥期間ではなく時効と整理されました。