神奈川県藤沢市にある寺の住職で、元プロ野球選手の清原和博さんとの共著もある鈴木泰堂さん(48)が新宿・歌舞伎町で、お悩み相談所を始めた。お坊さんは法要など以外、寺にいるイメージがあるが、鈴木さん曰く「お釈迦さまは季節ごとにインドを遊行(ゆぎょう)し、定住してなかった」という。「泥沼に咲く〈蓮の花〉のお役に立ちたい」と語る鈴木さんに"日本一の歓楽街"で取り組みたいことを聞いた。(ジャーナリスト・富岡悠希)
●歌舞伎町のバーで相談に乗っている
歌舞伎町にある新宿区役所そばの雑居ビルに入ったバーで、鈴木さんは1月末、40代男性Kさんと向き合っていた。Kさんは4年ほど前、生死に関わる大病を患った。
そのときは、鈴木さんが住職をつとめる示現寺で相談に乗ってもらったが、この日は歌舞伎町にやって来た。Kさんは現在、飲酒をやめられないという「悩み」を抱えている。
鈴木さん「アルコールは朝から?」
Kさん「起きるとすぐに、プシュッと開けちゃう」
鈴木さん「体が元気になってきたから、飲めちゃうんだね」
Kさん「アルコール依存症なのかなと」
鈴木さん「病気から回復し、命を授けられたわけだから。何かの使命があって生かされているのですよ」
こうした問答に続いて、鈴木さんが「一緒に歳を取っていきましょう」と声を掛けると、Kさんは首を大きく縦に振った。姿勢は猫背のままだったが、その顔には少し明るさが宿った。
Kさんは、自身の悩みを包み隠さず鈴木さんに打ち明けているように見えた。そんなKさんは、鈴木さんの人柄を次のように話す。
「人としてちゃんと向き合ってくれる信頼感がある。だから、時に本気で泣かせてくれる」
●「お釈迦様は定住してなかった」
歌舞伎町での相談所の話が動き始めたのは、昨年11〜12月のこと。会場となっているバーの経営者が「開店前ならば場所を提供できる」と声を上げ、鈴木さんと付き合いのある他の経営者らが仕組み作りを担った。
昨年12月に試しで4人、本格稼働させた1月はKさんも含め2人が相談に来た。当面は毎週水曜日の午後3~8時の間で実施していく。「示現寺歌舞伎町相談所」の名前でX(旧ツイッター)を開設。1回50分の事前予約制で、未成年は無料、一般は1万円だが、相談者の経済状況を勘案する。
鈴木さんは寺のある藤沢を離れて、歌舞伎町で活動する意義をこう説く。
「お釈迦さまは、実は季節ごとにインドを遊行し、定住してなかった。ずっと同じ場所に定着せず、練り歩いていたのです。
各地にナントカ精舎とありますよね。その精舎は、お釈迦様が来られる場所を指します。今度、お釈迦さまがどこどこの精舎に来ると伝わると、街の人たちがワーッと集まり、法話を聞いた。これがお釈迦様の布教方法でした。
しかし、今のお寺のスタイルは定住して、来るのを待つとなっている。私はそうではなく、どこかで地べたに座っている人がいれば、一緒に地べたに座りたいのです」
歌舞伎町(2024年1月下旬/富岡悠希撮影)
●「トー横キッズの役に立つタイミングがあるかもしれない」
さらに鈴木さん自身、"日本一の歓楽街"である歌舞伎町で相談所を開く意味を感じている。
「仏教は〈蓮の花〉を象徴としています。なぜかというと、泥水の中だからこそ、蓮は花を咲かせることができ、清い水では咲けないから。なおかつ泥色に染まらず、きれいな大輪の花を咲かせます。歌舞伎町は人の欲や苦しみ、悲しみが渦巻き、泥水のような所がある。だとしたら、ここで相談所を開くことで、泥沼に咲く〈蓮の花〉のお役に立ちたい」
鈴木さんは先日、サポートしてくれる人に案内されて街中を歩いた。そこで、まさに地べたに座っている「トー横キッズ」を初めて目にした。「藤沢にいたらダメでしょうけど、彼らが困ったときに役に立つタイミングがあるかもしれない」と感じた。そのためにも相談所の活動に関して、SNSでの発信にも力を入れるつもりだ。
また、昨秋から社会問題となっている悪質ホスト問題にも注目する。「ホストの中にも苦しんでいる方がいたら、その人たちの心も救いたい。僕がこのタイミングでここに来たのも縁で、御仏の導きなので」。
●「坊主は仕事でなく、生き方だ」
鈴木さんには多くのサポート役がいて、「示現寺歌舞伎町相談所」が本格稼働している。一方、報道で目にする寺のニュースは「寺離れ」や「離檀料トラブル」など、ネガティブなものが少なくない。この差は何によるものだろうか。鈴木さんは、自身の「生き方」を挙げた。
「坊主は仕事でなく、生き方です。仏様の弟子になるときに、仏様の慈悲や優しさを伝えるという約束をしているわけですよ。だから、仏様の名前を汚すような振る舞いや行いは当然避けるべきです。しかし、多くのお寺の坊主が仕事だと考えている。そして、お寺に来る人を売上の対象と思ってしまっている。
ある相談で、菩提寺に行くと『用事がないのに何しに来たの?』と言われたと聞きました。法事もなくて来られても、お金にならないからでしょう。しかし、うちは『いつ来てもいいですよ』『用事がなくても来て下さい』と言っています。どちらが、お寺の印象がいいですかね?」
坊主としての「生き方」を全うしようとする鈴木さんが、歌舞伎町でどんな花を開かせるのか。
鈴木泰堂さん(2024年1月下旬/富岡悠希撮影)