1928年に初めてウォルト・ディズニーの映画に登場したミッキーマウスが2024年1月1日、米国で著作権の保護期間を終えて、パブリックドメインとなる。
これまで、ミッキーマウスの著作権保護期間が終わりそうになると、米国では法律が改正され、保護期間が延長されてきた。「ミッキーマウス保護法」とも揶揄されたが、パブリックドメインとなれば、「許諾の必要なく、自由に利用できることになるのでは?」と期待が高まっている。
しかし、著作権にくわしい福井健策弁護士によると、そこには著作権をめぐる基本的な誤解もあるという。はたして、ミッキーマウスはどこまで「自由」になるのだろうか。気になる「今後の展開」を福井弁護士に聞いた。
⚫️たしかにミッキーマウスの著作権は切れたけど…
——ミッキーマウスが2024年からパブリックドメインになるとのことですが、誰でも自由に利用できるようになるのでしょうか?
初期のミッキーマウス(およびミニーマウス)のデザインについては、米国では2023年末をもって著作権保護が終了しました。
したがって、それ以降、作品は、社会の共有財産となり、商用・非商用問わず、基本的に誰でも自由に利用・配布などできるようになります。
この点、米国では古い作品の保護期間は発行時から起算です。ミッキーとミニーのデビュー作は一般に1928年の『蒸気船ウィリー(Steamboat Willie)』という短編アニメと言われています(『Plane Crazy』という作品が先に作られていましたが、公表は『ウィリー』が先)。
米国の著作権の保護期間は、過去にディズニー社などのロビイングによって、延長が繰り返されてきましたが、この時代のものは最長でも発行後95年です。したがって、ついに2023年末で切れることになりました。
ただし、著作権が切れて、パブリックドメインになるのは、作品ごとです。つまり、1928年の作品は2023年末、1929年の作品は2024年末というふうに、順次、著作権が切れていきます。
——古いミッキーと最近のミッキーはデザインが違いますね。
ミッキーとミニーは、時代を追うごとにデザインがモデルチェンジされてきました。こういう場合はどう考えるかというと、最初の作品に含まれていた要素、つまりオリジナル・ミッキーのデザインが2023年末でパブリックドメイン化して、誰でも使えるようになるのです。
それ以降に付加された要素(特に独創的な要素)は、それが公表された時期から95年後などに順次切れて行きます。
たとえば、ある年にジャケット姿のミッキーが描かれたなら、その独創的なジャケットの部分はその年から計算して、著作権は95年後などに切れます。
ですから、ミッキーのデザインであれば、何でも急に自由に使えるようになるわけではありません。この点は注意しないと混乱も生まれそうですね。
⚫️日本やヨーロッパでの著作権は切れた?
——あくまで、1928年のミッキーマウスの著作権が切れたということになるのですね。米国外ではどうでしょうか。日本でもこの数日、初期ミッキーを使った二次創作動画などが増えて、ネットではミッキー祭りのようになっていますが…。
もう一つ、よく誤解されるのは、日本も2023年末にミッキーの著作権が切れる、というものです。これは初歩的な誤解で、著作権の保護期間は国ごとで異なるのです。日本のミッキーの保護期間の計算はとても複雑なのですが、こちらのコラムでくわしく論じました。
・「ミッキーマウスの著作権保護期間~史上最大キャラクターの日本での保護は2020年5月で終わるのか。2052年まで続くのか~」
( https://www.kottolaw.com/column/190913.html )
なんと6つの説がありえて、そのうち4つの説では、もうすでに日本での保護期間は切れています。ですから、日本では2023年末になったからといって急にミッキーの二次創作が増える理由はあまりないのですが、なんだかお祭り状態ですね。
初期ミッキー著作権切れとかマジ?
— わたる (@Wtrthemovie) December 28, 2023
こういう事してもいいってこと??? pic.twitter.com/162ORyOtjG
なお、この保護期間があいまいなところが、日本の著作権法の規定の大きな問題点です。デジタルアーカイブの推進などを考えると、規定の見直しが望まれるところです。私自身は、ミッキーの日本での保護期間は2020年末ですでに切れている、という説です
ではヨーロッパはどうかというと、多くの国では、著作者の死後70年という基準で、一見、まだミッキーの保護期間は続いていそうです。ですが、これらの国には「相互主義」という原則があって、本国(ミッキーマウスでいえば米国)での保護が終了した作品は、相手国での保護も終了するとされています。
その結果、今回の米国でのミッキーのパブリックドメイン化はやはり影響が大きく、ヨーロッパの多くの国でも保護期間は終了すると考えられるのです。日本では、キューピー事件高裁判決という裁判例の影響でおそらくヨーロッパのようにはならないのですが、これは複雑なので省きますね。
⚫️ミッキーマウスの商品は販売できる?
——とても複雑ですね…。著作権だけでなく、商標権はどうなるのでしょうか?
はい、ここでポイントになるのが、商標権です。ディズニーはミッキーマウスの名称とデザインを世界各国で商標登録していますから、「結局自由になんて使えないんじゃないか」という意見があります。
たしかに商標権の保護があるのは事実ですが、これは一般に考えられているよりは守備範囲が狭い権利で、その名称やデザインをいわばトレードマーク的に使うこと(出所を示すような使い方のことで、「商標的使用」といいます)が主に制約されるのですね。
たとえば、ミッキーマウスと銘打ったショップやブランドをはじめるとか、ロゴデザインにミッキーを採用した場合は、ストレートに商標権侵害となるケースが多いでしょう。仮に商標登録していない種類の商品やサービスに使う場合でも、日本でいえば、不正競争防止法のような法律によって制約される可能性はあります。
しかし、たとえば、単なる絵柄としてパブリックドメインとなったミッキーのデザインが使われたり、作品のタイトルや作品自身の中でミッキーが使われることは、商標的使用ではないので「自由」と判断される可能性はかなり高いでしょう。
⚫️「クマのプーさん」のようにミッキーマウスのホラー映画も?
——1926年に発表された児童小説『くまのプーさん』は2022年からパブリックドメインとなり、ホラー映画『プー あくまのくまさん』が制作されて話題となりました。今後、ミッキーマウスのホラー映画もつくられることになるのでしょうか。2024年以降に予測される展開を教えてください。
米国(おそらく多くのヨーロッパの国も)で、2024年以降にどういう展開が予想されるかといえば、おそらく『蒸気船ウィリー』など、1928年の映画の自由公開がはじまるでしょう。ただし、これはすでにディズニー自体がネットで公開しています。
さらに、このオリジナルのミッキーやミニーを利用した商品の販売や輸入もはじまるでしょう。これも、今でもある程度は海賊版的にはおこなわれていますが、もっと大規模に、いわば適法ビジネスとして展開されるようになるでしょう。
もっと進んで、ミッキーやミニーを使った新作の映像や書籍、新たなデザインが登場する可能性は高いです。特に米国には、日本のような著作者人格権が実はほとんど存在しないこともあり、パブリックドメインになったあとは、そうした二次創作は商業作品を含めて、かなり自由に登場する傾向があります。
当のディズニー自身が、『不思議の国のアリス』や『人魚姫』など、パブリックドメインになったあとの作品を相当に二次作品化して世界企業になった存在です。ストーリーの変更もお家芸と言えます。
とはいえ、今やディズニーは知財王国ですから、先ほどの商標登録や新たなビジネス展開などを駆使して、パブリックドメイン・ミッキーの広がりをできるだけ抑えようとする可能性は大きいでしょう。
ですので、最初は大手はなかなか手を出さず、インディペンデント系で二次作品が登場し、そして、徐々にパブリックドメインとして浸透していく、というのが想定されるルートでしょうか。
最近ではポケモンなどにお株を奪われる場面もありますが、歴史的にはおそらく最強の単独キャラクターとも言えそうなミッキーマウス。それがパブリックドメインという人類共有の資産となることで、はたしてどんな文化的・ビジネス的な影響が広がるか。これは著作権史上最大の、パブリックドメインの実験とも言えますね。
2024年、どんな展開がミッキーとミニーを待ち受けているか、見守りたいと思います。