公文書や法律文書では慣例として、年月日を表すのに元号が使われるのが一般的です。ただ、2019年5月1日の改元から、主に「昭和」「平成」「令和」の3種類の元号を使うことになり、文書作成者の負担も増しています。
たとえば、ある弁護士は次のように話しています。
「労働事件では、現在30代の人も、生まれは昭和、入社は平成、解雇は令和というように3元号が入り乱れ、カオスと化している」
弁護士ドットコムでは令和5年(2023年)の年末企画として、会員弁護士に裁判所に提出する書面で、元号と西暦のどちらを使うかをアンケート調査。387人の回答が集まりましたので紹介します。
●書面では「和暦のみ」派が過半数
裁判所等に提出する書面で、「年」をどのように表記しているかを聞いたところ、もっとも多かったのは「和暦のみ」で55.6%でした。裁判所がそうしているから、という理由が多いようです。
続いて「令和5年(2023年)」のように和暦と西暦を「併記する」が23.0%。「西暦のみ」は13.4%でした。
「その他」の8.0%は状況によって使い分けるといい、大きく分けると次のようになりました。
・基本和暦だが、元号をまたぐ場合は西暦を併記する
・基本和暦だが、当事者が外国人の場合は西暦を併記する
・他方当事者と使っている暦が違うときは併記する
・証拠に西暦または和暦があるときは併記する
・準備書面等は和暦のみ、調停条項案は和暦と西暦の列記
●西暦派「時間経過が分かりづらい」「外国とのやり取りで支障」
現在の公文書や法律文書での和暦使用についてどう考えているかも3択で聞きました。最多は「西暦表記に変更してほしい」で58.7%となりました。現在、書面で「和暦のみ」を使っている弁護士に絞っても、41.4%と高い水準でした。
理由としては、元号をまたぐ場合、年数経過が分かりづらく、計算に時間がかかることや、外国とのやり取りでの支障をあげるものが多くみられました。以下、代表的なコメントです。
「和暦の場合、元号が変わると年数経過が分かりにくく、計算するのに手間がかかる。西暦なら一目で分かる」
「ビジネスでは西暦が基本。個人もほとんどが西暦を日常的に使用している」
「(存在しない)平成80年の表記等を使用したことがあり、ばかばかしい」
「外国人に和暦を理解させるのは難しい。外国とのやり取りの多い特許庁は、出願番号等も西暦表示である。これにならうのがよい」
「2019年は4月30日まで『平成30年』で、5月1日から『令和元年』に変わるのでややこしい」
「元号の1年目は『元年』とせねばならず、『令和1年』のような表記が正式ではないのが面倒」
「今後進む裁判IT化と和暦とは相性が悪い。元号をファイル・フォルダ名に付けると、時系列で並ばない」
●和暦派「格調高い」「和暦に慣れている」
一方、「和暦を維持してほしい」と「どちらともいえない」はともに20.7%でした。いずれの場合も「慣れているから」という声が多数でした。以下に代表的なコメントを紹介します。
【和暦を維持してほしい】
「裁判所では和暦を用いており、裁判例を検索する際には必ず和暦で検索するから」
「昭和生まれなので、元号を使用することに慣れており、生活感覚に合致する」
「西暦の4桁より、元号のほうが数字が小さくて分かりやすい」
「格式があり、和暦表記の契約書その他書証も多いので、西暦統一表記に変えなければならないほどの不便さはない」
「日本の伝統・文化だから」
【どちらともいえない】
「どちらでもこだわりはない」
「西暦に統一した方が分かりやすいと思う一方、和暦に慣れてしまっている」
「資料は和暦のものもまだ多く、法律文書、公文書が和暦になっても、結局は西暦・和暦の変換作業が必要になってくる」
「計算上不便なので西暦に統一してもらいたいとも思うが、役所や裁判所の文書で使わなくなったら和暦は日本社会から絶滅するかもしれないと思うと、それはそれで寂しい」
●弁護士でも時間がかかる和暦・西暦の変換
何も見ずに、和暦と西暦相互の変換はすぐできるかを尋ねたところ、「やや時間がかかる」(38.5%)、「時間がかかる」(21.4%)と答えた人が6割近くとなりました。「できない」も25.1%おり、「瞬時にできる」は15.0%で最小でした。
瞬時にできる:15.0%
やや時間がかかる:38.5%
時間がかかる:21.4%
できない:25.1%
ちなみに、「和暦を維持してほしい」と答えた弁護士限定で集計しても、「瞬時にできる」は20.0%でした。
多くの弁護士は、和暦・西暦の対応表を手元に置いたり、都度ネットで検索するなりしているようです。
「瞬時にできる」との回答者の中には、頭の中で次のような計算をしている弁護士もいました。
「西暦から和暦にするときは、西暦の下2桁から25を引けば昭和、12を足せば平成、18を引けば令和となる」
「和暦から西暦にするときは、昭和+25、平成+88、令和+18で西暦の下2桁が求められる」
「明治元年(1868年)、大正元年(1912年)、昭和元年(1926年)、平成元年(1989年)、令和元年(2019年)を記憶しておく」
「高校や大学入学、司法試験合格など自分の人生の重大イベントの起こった年について西暦和暦で明確に記憶しておき、そこからプラスマイナス何年離れているかで変換している」
●元号問題、政治思想も絡み激論に
最後に自由記述から。熱が入った書き込みが多かったのは、元号の是非をめぐる議論です。日本の伝統として重んじるべきという意見もあれば、天皇制に否定的な見方もありました。かつては、年号を西暦表記すると自動的に左派だとみなされる傾向もあったようです。
「イスラム暦かグレゴリウス暦か和暦かと比べると、元号には根拠を感じる」
「和暦か、西暦かという議論の立て方は一面的である。わが国には神武皇紀(2023年は2683年)も存在する」
「江戸時代以前についても和暦を使うのであれば理解できるが、大抵の人は西暦を使うのではないか。たとえば関ヶ原の合戦は、慶長5年ではなく1600年と言うのが普通だ。そうであれば、明治以降も西暦にすべきである」
「元号は中国の真似にすぎず、日本の伝統でも何でもない。本家の中国はとっくに元号を廃止している」
●「併記」が増えるかが今後のポイント?
実際の裁判では、裁判所が原則和暦で、先に述べたように弁護士の55.6%も「和暦のみ」。「西暦のみ」は13.4%しかいません。
いくら西暦が「便利」だったとしても、文書をやり取りする関係者間で統一がなければ、お互いに不満が残る結果となるでしょう。「どちらでも良いので統一してほしい」という意見も多く見られました。
現実問題としては、裁判所の運用が変わらないと変化が出てこない可能性が高そうです。こうした中、次のような具体策を示す弁護士もいました。
「当面は『西暦(元号も付記)』表記とし、裁判所(特に事件番号)が元号一辺倒でなくなったら、弁護士業務上は『西暦のみ』が定着することが望ましい。裁判官にも問題意識を持った人がいて、外国人被告人の刑事訴訟で『本人尋問では西暦で訊け』と指示してくることがある」
西暦統一が望ましいと考える弁護士は、併記からスタートしてみるのも良いかもしれません。