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男性優位の美術界で「ハラスメント構造を変えたい」 研究者らが防止ガイドライン作成
左から長倉友紀子さん、吉良智子さん、竹田恵子さん(提供写真)

男性優位の美術界で「ハラスメント構造を変えたい」 研究者らが防止ガイドライン作成

​​ギャラリーの来場者が長時間にわたりアーティストにつきまとったり、美大の指導教官が女子学生にだけ「そんな作品は売れない」と言ったりする・・・。

美術・芸術界におけるそんな事例を紹介したハラスメント防止のガイドラインが、このほど作成された。

手がけたのは、研究者やアーティストのグループ『EGSA JAPAN』。昨年末に冊子を発行し、国内の主要な美術大学に配布した。今年4月には公式サイトでも公開する予定だ。

なぜガイドラインを作成したのか、芸術分野におけるハラスメントはなぜ起きるのか。EGSA JAPANに取材した。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●女性アーティストたちからの相談がきっかけ

EGSA JAPANは2019年6月、芸術分野の環境改善を目指すために設立された。その一環として発行したのが、「芸術分野におけるハラスメント防止ガイドライン」だ。

ガイドライン作成の中心的な役割を担ったのが、ベルリン在住のアーティスト、長倉友紀子さん。

3年前、日本でフェミニズムに関わるイベントをおこなったことを始まりに、アーティストの女性たちからハラスメントの相談を受け始めたことが、ガイドライン作成のきっかけとなった。

「アートの業界では共同で働くことが多いのですが、女性にだけケアの役割(配慮や世話など)を押し付けられるという相談が共通してありました。女性もハラスメントを指摘したら仕事を失うんじゃないかというプレッシャーがあり、何も言えないというジレンマを抱えていました。

当時、私は日本から出て7年くらい経っていたのですが、自分が国内で活動していたときに経験したようなハラスメントがまだおこなわれていて、嫌な思いをしているアーティストの女性たちがいる、どうしたらいいんだろう、海外にいても何かできることがないか、と思ってガイドラインを作りました」

●被害に遭ったとき、目撃した時の指針に

EGSA JAPAN代表である東京女子大学准教授の竹田恵子さんも、自身がハラスメントを受けた経験から、ガイドラインの必要性を指摘する。

「ハラスメント被害に遭ってしまった人や、ハラスメントを目撃した人がどう動いたらいいのか、また、自分が加害してしまった場合にどうしたらいいのか。わからない人は多いです。

でも、ガイドラインがあれば、被害に遭ったり、加害してしまう前に、実際にハラスメントが起きてしまったときにどうすればよいのか、ある程度の指針を持つことができるので、とても重要なことだと思います」

ガイドラインには一般的なハラスメントだけでなく、EGSA JAPANに寄せられた事例と、主要な美術大学のガイドラインに掲載されていた事例など、美術・芸術界特有の事例も掲載されている。

・美術館来場者が他の来場者にしつこく話しかけ、美術の知識を披露する。

・「どうせ脱ぐから」といって、美術モデルに安心できる着替え用の控室などを与えない。

・地域交流型アートイベントで、女子学生という理由から、市民の私用に付き合う、男性スタッフの話を深夜まで聞くなどのケア役割を強いられ、芸術活動の参加に支障が出た。

・ほめているつもりで、「このピンクの色づかいは、女らしくていいね」という。

また、こうしたハラスメントに対して、被害者の立場や目撃したり相談されたりした立場からどうすればよいのか、それぞれ指針を示し、第三者機関の窓口情報を掲載している。

EGSA JAPANが作成したガイドライン

●ハラスメントの起きる構造

このガイドラインの特徴は、美術・芸術界の男女格差や、ハラスメントが起きてしまう構造についても解説していることだ。

EGSA JAPANのメンバーで、ジェンダー研究を専門とする日本女子大学学術研究員、吉良智子さんは次のように話す。

「私は現在40代ですが、20、30代の頃はハラスメントに遭ったとしても、『それをいなしてこそ、女性研究者として一人前』という空気感がとても強かったです。

でも、それを容認し続ければ、女性アーティストも女性経営者もハラスメントに耐えられる人だけが生き残るという構造自体は変えられません。私はハラスメントを許さないという空気感をみんなでつくり、その構造を変えていけたらと思ってガイドラインを作りました」

また、ガイドラインで吉良さんは、美術界の歴史をふりかえり、中立で客観的、学術的であるはずの美術の語りが、実は男性の語りだったことに気づく重要性を示している。

吉良さんは美術・芸術界の構造とハラスメントの関係をこう指摘する。

「高い評価を得るには、普遍的で素晴らしい作品をつくればいいと思われがちですが、普遍的で素晴らしいと判断する価値観は、歴史的に西洋の白人男性によってつくられたものです。

それが、明治時代に日本に入ってきたときに、中産階級の男性知識人の価値観へとそのままスライドしました。

ですから、批評家は男性中心で、彼らがピックアップする作品は男性作家が有利になるという構造があり、それが美術・芸術界ではハラスメントに結びつきやすくなっています」

●主要な美術大学に配布

ガイドラインは500部印刷され、主要な美術大学などに配布された。ガイドラインのデザインを担当した「うの」さんは美術関係者。周囲の学生に読んでほしいと話す。

「友だち同士の会話で、SNSの炎上事件で『あれはハラスメントだよね』ということはあっても、実際に自分がどういう状況に置かれたときにハラスメントと呼ぶのか、そこまで想像できている学生は少ないと感じています。

ガイドラインは、そういうハラスメントの定義がまだ自分ごとのレベルとして落とし込めていない人にとっても、どういうものかわかるものになればいいなと思って制作しました」

また、ガイドラインは性自認が女性に限らず、男性やセクシャルマイノリティの人の事例や、あらゆるジェンダーの人も相談できる窓口を紹介しているのもポイントという。

代表の竹田さんは「美術教育に関わってる方たちや、今困っている人に届いてほしいと思っています」と話している。

【EGSA JAPAN】
正式名称は「Education of Gender and Sexuality for Arts Japan」。研究者やキュレーター、アーティストらで構成。ジェンダー・セクシュアリティ教の普及や啓発活動のほか、美術大学において、ジェンダー・セクシュアリティ教育がどの程度行われているのか、またハラスメントの実態などについて調査研究などをおこなっている。今回の「芸術分野におけるハラスメント防止ガイドライン」は、EGSA JAPANが美術専門誌「美術手帖」2021年2月号に掲載したガイドラインに加筆修正されたもの。
https://egsajapan.com/index

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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