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二度と手に入らない「トレーディングカード」、強欲妻が勝手に売り払う…法は無力か?
画像はイメージです(プラナ / PIXTA)

二度と手に入らない「トレーディングカード」、強欲妻が勝手に売り払う…法は無力か?

「妻がお金欲しさに勝手に私のカードを売り捌いてしまい…」。ツイッターで、こんな投稿が話題となりました。

投稿によれば、売られてしまったのは、トレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」(MTG)のコレクションで、「被害総額」は約70万円。店舗ではなくフリマアプリで売却されて、妻が手にしたお金はすでに手元にないといいます。

「お金が戻ってきても思い出が詰まったあのカード達は戻ってこないのが悲しいです…」と嘆く投稿者。お金の問題よりも、コレクションを失ったダメージのほうが大きいようです。

ときおりネットで話題になりますが、大事なコレクションを勝手に売られてしまった場合、なんとかして取り戻す方法はないのでしょうか。甲本晃啓弁護士に聞きました。

●手元にあれば、引き渡しを拒むことができるが…

——夫個人で所有するカードを妻が勝手に売った場合でも、売買は有効なのでしょうか。

このような売買契約も法律上有効です(「他人物売買」と呼ばれています)。フリマアプリで購入者が現れたら、妻と購入者の間で売買契約が成立します。

今回のケースでいえば、妻は、カードを購入者に引き渡す義務を負いますが、まだカードが引き渡されていない段階であれば、夫は、その引き渡しを拒むことができます。

——すでに引き渡されていた場合はどうなりますか。

夫は、契約当事者ではないので、売買契約を取り消したり、解除したりすることはできません。契約の当事者である妻にも、法律上の解除権はありません。カードを引き渡した後で、その返還を受けるには、購入者の同意が必要です。

——購入者が応じないことも十分に考えられます。

その場合は、引き渡したカードを取り戻すことは難しいでしょう。

妻と購入者の売買は他人物売買ですから、契約を結んだだけでは、カードの所有権を夫が失うことにはなりません。

しかし、民法には、取引(売買)の安全を図るための「即時取得」(民法192条)という制度があります。簡単にいうと、売り主にモノを処分する権限がなかったとしても、買い主が売り主を過失なく信じて取引した場合には、その信頼を保護しましょうという制度です。

この場合、妻が夫に黙って出品しているという事情を、購入者が過失なく知らなければ、法律上は購入者が所有者となります。その裏返しとして、夫はカードの所有権を失います。

——コレクションを失った側としては厳しい結論になりそうですね。

実際に請求するかどうかは別として、法律上は、夫は妻に対して、失ったカードの損害(時価相当額)や、大切なコレクションを失ったことに起因する精神的損害について、それぞれ賠償請求ができる可能性があります(民法709条)。

●刑事的に処罰されることはない

——刑事責任はどうなるのでしょうか。

妻の行為は、刑法上は窃盗罪または横領罪(刑法235条、242条)に該当するとも評価できますが、配偶者であるため親族相盗例(刑法244条1項)の適用を受け、どちらの犯罪でも処罰を受ける可能性はありません。

——たとえ罪を犯したとしても処罰されなくなるという「親族相盗例」ですが、なぜこのようなルールがあるのでしょうか。

親族相盗例は、家族間では誰の所有物が曖昧であることが多いという事情と、家族内での自主的解決が期待できることから、「法は家庭に入らず」という考えにより、犯罪処罰を回避する趣旨に基づくルールと言われています。

——「配偶者」には内縁関係も含まれるのでしょうか。

婚姻届提出した法律上の夫婦(法律婚)であれば、たとえ離婚同然の場合であっても親族相盗例が適用されるので処罰されませんが、どれだけ仲睦まじくても事実婚である内縁関係にはその適用がありません。先ほど述べた趣旨で、この違いを合理的に説明づけることはおそらく難しいです。

——では、なぜ内縁関係には適用されないのでしょうか。

親族相盗例の対象として、刑法には「配偶者」と書かれており、法律婚を前提にしています。したがって、内縁関係に適用されないのは、法律上の規定を文字通りに解釈した結論ということに尽きます。

これは「明確性の原則」といって、憲法上の要請により「人を処罰するための刑罰法令は内容が明確でなければならない」のが大前提だからです。

親族相盗例が時として不合理な結論になってしまうのは、法律がそうである以上は仕方ないというほかなく、法改正でしか変更ができない問題なのです。

プロフィール

甲本 晃啓
甲本 晃啓(こうもと あきひろ)弁護士 甲本・佐藤法律会計事務所
理系出身の弁護士・弁理士。東京大学大学院修了。丸の内に本部をおく「甲本・佐藤法律会計事務所」「伊藤・甲本国際商標特許事務所」の共同代表。専門は知的財産法で、著作権と特許・商標に明るい。鉄道に造詣が深く、関東の駅百選に選ばれた「根府川」駅近くに特許事務所の小田原オフィスを開設した。

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