ひきこもり等の支援をうたう自立支援業者に、意に反して連れ出されたうえ、施設で監禁生活を強いられ精神的苦痛を被ったとして、元生徒だった男性7人が10月28日、施設の運営業者とその代表らに、計2800万円の損害賠償を求めて、横浜地裁に提訴した。
家族の依頼を受けて予告なく本人を訪れ、その日のうちに施設に連れ出すといった手法を用いる業者は、「引き出し屋」などとも呼ばれ、こうした業者を利用者側が集団で提訴するのは初とみられる。(ライター・加藤順子)
●被告の業者「本人の同意なく同行してもらうことはない」
訴状によると、施設は、一般社団法人若者教育支援センター(東京都)が運営する「ワンステップスクール湘南校」(神奈川県中井町)。同社のスタッフらは、2017年から2019年の間に、何ら正当な理由もなく原告7人の自宅に立ち入り、本人の意に反して車に乗せるなどして拉致し、多数の監視カメラや居室に鉄格子が設置された湘南校に監禁した。原告らはその際、一切の金銭や身分証を取り上げられていた。
原告代理人らは、湘南校内部で撮影された監視カメラや窓の格子の写真を示した(撮影・加藤順子)
同社は提訴について、代理人弁護士を通じ、「訴状がまだ届いていないため原告らの主張の詳細は明らかではありませんが、ご本人の同意なく当社の施設に同行してもらうことはありませんし、寮は自由に出入りできるようになっていましたので、原告らの主張に対しては全面的に争う予定です」などとするコメントを出した。
原告7人は、20代から40代のいずれも男性で、同校から脱走等で脱した現在は、それぞれ関東地方で生活を再開している。
原告代理人の徳田暁弁護士は提訴後の会見で、「親とのやりとりだけで、本人が諦めるまで居座って説得する引き出し手法は、いくらなんでも問題がある。施設に連行した後の生活でも、貴重品などの必需品をすべて取り上げ、考査部屋に7日間監禁し、その後も監視下で軟禁状態に置くのは人権侵害行為だ」と話した。
原告の被害について話す代理人の徳田暁弁護士(撮影・加藤順子)
●原告が語った被害「戻ったら家も荷物もなく、頼る相手もいなかった」
会見には原告2人も出席した。
原告代表の30代の男性はまず、集団提訴の動きを知った広岡代表が、自身のウェブサイトに「原告は判断能力がない」と載せたことに対し、「そんなことはない」と反論しつつ、こう話した。
「私の場合は、明日から新しいバイトが始まるというタイミングで連れ出された。働いていたのに連れてこられた人もいた。つまり、引き出し屋の問題は、ひきこもりに限らず、この国のすべての人が被害にあう可能性がある人権問題だと知ってほしい。当たり前に生活していた人を、いきなり奈落の底に突き落とすビジネスだ」
男性は、自宅に急に押し入ってきたセンターのスタッフに、かかりつけの精神科医に頼まれていると言われ、措置入院かと思ってしまったという。その際、着替えることも風呂に入ることも認められなかった。
この連れ出し時の恐怖が心身に染み付いているという。
「私の場合、センターを脱した後でひきこもった状態。今も夜中にセンターの人が入ってきて、『ほらいくぞ』と連れて行かれる夢を見る。一度こうした夢を見てしまうと、仕事が手につかず、働けなくなる」(原告代表の男性)
連れ去り時には、「知らない間に自分の人生が決まっていく恐怖・パニック」もあったが、それ以上に恐怖だったのは、脱走後だったという。
「戻ってきたら、一人暮らししていた自宅も、携帯電話もすべてが解約されていた。家にあったものがどこに行ったのかも、友達の連絡先もわからない状況になって、頼れる先が誰もいなくなった。あのときの恐怖は、私が今まで感じた最も大きな恐怖だ」(原告代表の男性)
会見に出席したもうひとりの原告男性も、自身の被害についてこう話す。
「何よりも人生を勝手に変えられた。基本的に、(湘南校から)御殿場校に連れて行かれ、労働搾取されるレールが敷かれていて、自分で働きたいとか、何を食べたいとか、普通の人が持つべき自由がないというところが苦しかった」
●「同じ様な思いをする人をゼロにしたい」
原告2人は裁判に求めることを記者から問われ、こう話した。
「金(が目的)の話ではない。同じ様な思いをする人たちをこの日本からゼロにしたいと思って提訴した。司法で実態を明らかにして、しっかりとしたひきこもり支援や就職支援ができる国を目指してもらいたい」(原告代表の男性)
「僕を連れ去った3人のうち1人は、県内の若者の問題を扱う界隈では、すごく有名な人物だった。そういう人も実は裏ではあくどいビジネスに手を染めているんだということを訴えていきたい。なおかつ、引き出しビジネスによって、遠隔地から(施設に)連れてこられてしまうと、逃げるのが困難だったり、逃げた後の生活がままならなかったりということがあって、不利であることも訴えたい」(遠隔地出身の原告男性)
同センターは原告らの主張に対し、訴状が届く前から全面的に闘う姿勢を示している。裁判を通じて、同センターの自立支援の実態が明らかにされていくものとみられる。