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年収100万円「貧困なのにSOSが出せない」格差に生きる人たち…吉川ばんびさん「個人の力では抜け出せない」
著者の吉川ばんびさん(=右、写真はいずれも提供)

年収100万円「貧困なのにSOSが出せない」格差に生きる人たち…吉川ばんびさん「個人の力では抜け出せない」

コロナ禍による経済への悪影響は、日増しに明らかになってきた。日本をはじめ、多くの国で外出制限など経済活動が停滞したが、第二波の影響もあり、経済の先行きは暗い見通しとなっている。

緊急事態宣言下の4月に出版された『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』(扶桑社新書)は、これからの時代の指南書となるかもしれない。

本書は『週刊SPA!』の特集をまとめ、様々な要因やきっかけにより“年収100万生活”を続ける16人の実態が描かれる。トランクルームに人知れず暮らす男性や、亡くなった母を埋葬する経済的余裕もないままに車中泊を続ける男性、リストラをきっかけに夫が暴力を振るうようになり、トランク一つで逃げ出し築40年の木造アパートに暮らす元専業主婦など、多種多様な貧困の実像がある。

著者のフリーライター・吉川ばんびさんもまた、貧困家庭の出身だ。これから私たちは貧困とどう向き合っていけばいいのだろうか。そんなヒントを求め、吉川さんに話を聞いた。(ライター・高橋ユキ)

●担当編集者も「母子家庭で貧困を経験」

同社刊行の『週刊SPA!』でシリーズが始まったのは2018年から。掲載号の実売部数だけでなく、ネットなど外部配信も好調で、手応えを得て書籍化が決まった。実は『週刊SPA!』の特集が書籍にまとめられるのは、創刊32年で初めてのこと。

担当編集の加藤浩之さんは「週刊SPA!のなかでの新たなチャレンジでした。また僕も、母子家庭で貧困を経験しているからか、吉川さんと話す中で共感を感じた。吉川さんは当事者の一人として話せる目線があった」と話す。

貧困家庭に育った当事者でもある吉川さんは、実体験を記事にすると“創作”だと揶揄されることもあると明かす。

「書くたびに『嘘乙』とか『もうちょっとマシな創作しようね』とか言われるんです。ですが取材していても、本書に書いたような年収100万ケースは珍しくないと実感しています。

『今月末で家を追い出されるとか食べるものがない』ということも珍しくない。私たちとしては身近だし、リアルだし、知っているんですが、知らない人からすると想像できない。まずそこが格差だなと感じています」

●「コロナで所持金40円に」男性からの怒りのSOS

4月に『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』を出版すると、吉川さんのもとに「生活保護を受けたくても受けられない人の気持ちがわかるのか」と男性から連絡が来たという。

「生活保護について書いたわたしの記事に怒りを覚えたというのですが、私はその方が困っているように感じました。何か困っていることはないですかと尋ねたところ、飲食店を経営していたけれど、コロナ禍により立ち行かなくなり、所持金40円となってしまったのだそうです。

貧困に陥っても、助けを求めるのが下手な人が多い。自分の境遇に関して怒りの感情をぶつけられても、SOSは出せない人が多いように思います」

その男性は支援してくれる機関を探そうとしたが、スマホで探しても見つけづらい上、どこを信用していいのかわからない状態だったという。吉川さんはすぐに男性を社会福祉協議会に繋いだ。

●貧困のきっかけは阪神・淡路大震災で自宅が半壊

吉川さんは兵庫県に生まれた。父親は中卒、母親は高卒でそれぞれ仕事に就き、吉川さんと兄が幼い頃に家を建てた。ところが1995年に発生した阪神・淡路大震災で自宅は全壊に近い半壊状態となり、一家は生活の立て直しを余儀なくされる。経済的には本書と同じく貧困家庭で育った。

「もともと母親が貧困家庭出身だったためか、子供達が飢えないようにという気配りはしてくれていたので、自分が貧困家庭で育っている実感は子供の頃なかったんです。うちが何だかおかしいと気づいたのは中学高校ぐらいの頃、友達の家に行った時です。部屋に置いてあるものとかが全然違っていたり、食事の内容が全然違っていたり。

決定的に自分の家が貧困家庭なんだという現実を突きつけられたのは、高校受験のときでした。『うちは本当にお金がない』と残高がほぼ0の通帳を見せられて、私立には行かせられないと言われたんです。絶対に県立に入らなければと強迫観念にかられ一生懸命勉強しましたね」(吉川さん・以下同)

こうして無事に県立高校への入学を果たしたが「高校を出たら働くのが普通だと思っていた」という。両親や親戚など身近に、大学へ進学した者がいなかったからだ。ところが高校の先生に「大学に進学しないのはお前だけだ」と告げられたことで、大学進学という進路があることを知る。

「母親に相談しても『そんなお金はない』と言われましたが、高校を出てすぐに働いても職の選択肢が狭いのかもしれないと考え、奨学金を満額借りて、大学に進学しました。この時が『本当に家にお金がないんだな』と身に沁みて感じた時だったかもしれません」

●母から電話「カードローンのATMの前にいるから使い方を教えて」

大学を卒業し、東京で就職した吉川さんは、自力で安定を掴んだが、その後も家族に苦しめられている。

「兄は普段から何かしら事故を起こしたり犯罪を犯したりして、逮捕されたり、借金を作ってきたりします。その度に私や母に金をせびり暴れてきました。私はほとんど家族と絶縁してますが、母親とは連絡を取っているんです。

そうすると突然母から泣きながら電話がかかってきて『15万貸してくれ』とか『カードローンのATMの前にいるから使い方を教えてくれ』と言われたりする。

兄にお金を渡すなと言っても、暴れることは目に見えているし、そうなると母親に危険が及ぶ可能性がある。かといって警察に通報しようとしても家族の問題なので、たとえそれで逮捕されたとしても、兄には他に帰る場所がないから、やっぱり親のところに戻ってくる。そうすると私としてはお金を払うしかない。解決策が正直ないんです。

普通の貯蓄のある家庭だったら、5万、10万の臨時出費があってもカバーできると思うんですが、貧困家庭とか貯蓄がない家庭では、その出費で生活が立ち行かなくなりサイクルが狂う。自分がトラブルを起こさなくても家族が問題を起こす。貧困家庭は、不測の事態に対応する経済力がないことで悪循環に陥ります」

生まれ育った家の経済状況が、自立したのちの人生にも大きく影響を与えることを、吉川さんも自身の家庭環境から実感している。貧困は連鎖するといわれるが、こうして家の経済状況が次の世代にも影響を及ぼす。

●「貧困を抜け出すのは個人の力では難しい」

吉川さんは根本的な解決策の一つとして教育の重要性を説く。

「私はいつも、社会全体として対策ができるとしたら教育じゃないかなという思いがあります。やっぱり教育がちゃんと受けられていない人ほど犯罪に手を染めやすくなると思うんです。

貧困を抜け出すために必要なのが文化資本、知的資本、社会資本。これが揃わなければ貧困からは抜け出せないと言われています。また三世代以上の貧困になると、個人の努力で抜け出すことは不可能だとも。貧困から抜け出すことは構造的に難しいので、個人の対策や努力だけに委ねるは難しいですよね」

また連鎖する貧困だけでなく、コロナ禍により経済的な不安も大きくなっており、貧困が自分とは無縁だと思っていた人たちですら、先行き不透明な状況だ。もし自分が不測の事態で、食べるものにも困るほどの貧困に陥ったとき、一体どうすればいいのか。吉川さんは、こう訴える。

「本当に孤立しなかったらなんとかなることっていっぱいあります。孤立している人って簡単に身を滅ぼしてしまうと思うんです。誰の助けも得られないしアドバイスをくれる人もいないし、自分で調べることもなかなかできない。

情報リテラシーって、皆がもともと持っているものではないと思うので、それも教育の一つなのかなと思うんです。

でも、情報リテラシーのない人ってたくさんいて、怪しい電話番号から電話がかかってきてお金貸しますよと言われて、そのまま借りてしまうような人っているんですよね。そういうのを止めてくれる人や、おかしいと言ってくれる人とか、行政支援を教えてくれる人がいない人って、本当に破滅の道を辿っていく。だから孤立しないで欲しい」

【取材協力】吉川ばんび:1991年生まれ。ライター・コラムニスト。貧困や機能不全家族、ブラック企業問題などの社会問題を中心に、自らの体験をもとに取材・論考を執筆。文春オンライン、東洋経済オンライン、日刊SPA!などで連載中。最新刊に『年収100万円で生きる-格差都市・東京の肉声-』。twitter:@bambi_yoshikawa

【プロフィール】高橋ユキ(ライター):1974年生まれ。プログラマーを経て、ライターに。中でも裁判傍聴が専門。2005年から傍聴仲間と「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。主な著書に「木嶋佳苗 危険な愛の奥義」(徳間書店)「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」(晶文社)など。好きな食べ物は氷。

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