東日本大震災と福島第一原発事故からまもなく3年を迎えようとしている。昨年12月の時点で、いまだに27万人あまりが避難生活を送るなど、震災と事故が残した爪痕は依然深い。事故で損害を受けた被災者が、当事者である東京電力へ賠償を求めたものの、両者が折り合えず対立するケースは後を絶たないようだ。
こうした事態を打開するため、2011年9月に設立されたのが「原子力損害賠償紛争解決センター」(原発ADR)だ。損害賠償をめぐる被災者と東電の和解を、第三者が円滑かつ迅速に仲介するのが狙いだ。
ところが設立以降、「紛争解決に時間がかかる」などと、問題点を指摘する声が多くあがっている。本来は迅速に解決するための制度のはずなのに、どうして時間がかかってしまうのだろうか。原発ADRには、何か特有の問題点があるのだろうか。原発ADRに関わっている永野貴行弁護士に聞いた。
●発足当初は関係者全員が「手探り」だった
「2011年9月に申立の受付を始めた原発ADRは発足当初、『申立から3カ月程度での解決』を標榜していました。
しかし、発足からしばらくの間は、3カ月での解決など到底無理で、解決まで1年近くかかるケースが続発したのは事実です」
どうして、そうなってしまったのだろうか?
「原因の1つは、原発ADR側の人員不足です。和解手続を仕切る『仲介委員』も、実際に記録を精査して当事者とやり取りする『調査官』も、いずれも人手が足りなかったのです。
こうした中で、集団申立が行われるなど申立件数が急増し、処理が追いつかなくなりました。
もう1つ、関係者全員が手探りだったという事情もありました。こういった紛争は誰も経験したことがなく、和解基準も不明確だったのです」
●人員不足は相当改善されている
発足から2年以上が経ったが、現在の状況はどうなっているのだろうか?
「人員不足は当初に比べれば相当、改善されています。経験も蓄積され、和解までの期間が短くなっているのは間違いありません。
特に、争いのない部分だけ先に和解する『一部和解』が広く使われるようになって、利便性は高まりました。おおむね、申立から3カ月もすれば一部和解が成立し、賠償金を獲得しているといえると思います」
ただ、一部和解はあくまで「一部」なので、最終的な解決ではない。そのようなこともあり、原発ADRでは当初の「申立から3カ月程度での解決」という目標を撤回し、解決までの期間を「4~5カ月または半年以上」としているという。
●「原発ADR」を利用するメリットは大きい
当初に比べれば、時間がかかるという問題点は改善されつつあるようだが、何か問題点は残っているのだろうか?
「当初に比べると、和解案が大ざっぱになっています。スピードアップのためと思われますが、賠償額の具体的な根拠を知りたい人には不満が残ります。
また、提示される和解案に計算ミスが多いという問題もあります」
総合的に考えて、いまこの時点で、原発ADRを利用するメリットはなんだろうか? 永野弁護士は次のように結論づける。
「東電への直接請求よりは、個々の事情が斟酌されて、賠償額が増額される可能性がある点です。私が担当した事案でも、国が示した賠償基準を大幅に上回る慰謝料が認められたケースが複数あります。
ただし、原発ADRは、賠償額を決めるための話し合いですので、国や東電の責任を追及したいという人には不向きです。また、国の賠償基準がベースになりますので、国の賠償基準で賠償対象とされていない人たちには、メリットは少ないでしょう」