弁護士や検事、裁判官といった「法曹」になるためには、司法試験に合格するだけでなく、1年間の「司法修習」を受けなければいけない。この司法修習はかつて、修習生に給与が支払われる形で運営されていたが、2年前から「無給」になった。そのことに反対する元司法修習生らが、国に賠償を求める訴訟を全国各地で起こしている。
国は2011年11月に給与制を廃止し、修習生にお金を貸し出す「貸与制」を導入した。しかし、貸与といえば聞こえがいいが、つまりは「借金制」ということだ。日弁連のアンケートには、「無収入として扱われ、家を借りることができない」「将来の返済に強い不安がある」といった悲鳴が寄せられているという。
せっかく難関の司法試験を突破しても、お金の不安がつきまとうというのでは、法曹を目指そうという若者は減ってしまうかもしれない。無給で過ごす修習生活の実態と、裁判を起こした狙いについて、原告の元修習生たちに聞いた。
●口座に振込まれるのは「借金」
「読みたい専門書があっても、お金がないから、みんなで回し読みしていました」
司法修習生時代をこう語るのは地方での修習を終え、東京の法律事務所に勤める畠山幸恵弁護士だ。奨学金や学資ローンを利用しながら法律を学んだ畠山弁護士には、法科大学院を卒業するまでに既に相当な「借金」があったという。
そのような状況のもと、畠山弁護士が修習生になった2011年に給費制に代わって始まったのが「貸与制」だ。それまでの修習生には給費という形で支払われていたお金が、「借金」に代わったというわけだ。それまでに借りた奨学金などと合わせると、合計1000万円近くに上った。
「口座に振り込まれるのは給料ではなく、『借金』なのです。振り込まれるたびにマイナスが増えていきます。修習中は兼業やアルバイトも禁止されています。また、仮にアルバイトが許されていたとしても、そんなことをする時間的・精神的余裕はありません。
同期の修習生との間では、半ばやけっぱちに借金自慢で盛り上がるほどでした。内心は暗くなっているからこそ、みんな明るく振る舞っていました」
こうした現状を前に、司法修習を続けていくことができず、弁護士という夢をあきらめる修習生も現れ始めているという。
●法曹の矜持もなくなってしまう
こうした問題は何も弁護士を目指す修習生だけの問題ではないという。給費制廃止違憲訴訟の事務局次長をつとめる緒方蘭弁護士は、給費制の廃止は社会全体にも影響する問題だと強調する。
「そもそも給費制は奨学金とは異なり、国民のための法曹を育てるための制度です。そして、弁護士は国民の権利を守るために存在しています。しかし、それが貸与制によって、弁護士がとにかくお金を稼ぐことに執着するようになり、権利を守ることは二の次となってしまうおそれがあります。
そうなると、これまでの法律家が守ってきた『法曹の矜持』のようなものがなくなってしまう。給費制は法律家が社会のためにどういう働きができるかという問題と深く関わっているのです」
今回、訴訟を起こしたのは、制度としておかしいということだけでなく、法曹の公益性が失われることに対する危機感や、後輩につらい想いをさせたくない気持ちが背景にあるからだという。実際に、利益を稼ごうとするあまり、できる限り多くの事件を引き受けて、乱暴に処理してしまう法律事務所もあるそうだ。
「私たちの代から始まった貸与制だからこそ、私たちが声を上げなければいけない」
激変の時代に司法修習を経験した2人の弁護士はこう訴えていた。