事件当時の法律では強盗殺人の「時効」が成立するはずだったのに、その後の法改正で時効が撤廃されたことによって逮捕・起訴されたのは、憲法に違反するのではないかーー。そんな点が争われた裁判で、最高裁第一小法廷(桜井龍子裁判長)は12月3日、「時効撤廃」の法改正をさかのぼって適用することは合憲とする初判断を示した。
問題となったのは1997年に起きた強盗殺人事件。当時の法律だと、強盗殺人は15年後の2012年に時効が成立するはずだった。ところが、2010年の刑事訴訟法改正によって、殺人や強盗殺人など重大事件については、公訴時効が撤廃された。そのため、2012年がすぎても捜査が続けられ、被告人は事件発生から16年後の2013年に逮捕・起訴された。
つまり、事件当時の法律では、逮捕される前に時効が成立していたはずだったのに、法改正で時効が撤廃されたため、事態が変わった。検察は「時効撤廃は過去にさかのぼって適用できる」と判断し、事件から16年後に被告人を起訴したのだった。
だが、被告人は「法改正をさかのぼって適用するのは憲法違反だ」と主張して、裁判で争った。なぜ、そのような主張が出てきたのだろうか。また、なぜ最高裁は「合憲」と判断したのか。刑事手続に詳しい伊藤諭弁護士に聞いた。
●2010年の改正前であれば、罪に問えないケース
「今回の裁判では、犯罪をした当時の法律であれば『公訴時効』が完成して処罰できなかったのに、その後の法改正により公訴時効の期間を撤廃して処罰することは、憲法で定められた『遡及(そきゅう)処罰の禁止』に反しないのか、という点が争われました」
伊藤弁護士はこのように切り出した。「遡及処罰の禁止」とはなんだろうか。
「『遡及処罰の禁止』は憲法39条に定められていて、『何人も、実行の時に適法であった行為(中略)については、刑事上の責任を問われない』とあります。
2010年の刑事訴訟法改正によって、殺人や強盗殺人など死刑に当たる犯罪については、公訴時効が撤廃されました。そして、改正法の施行時に時効が完成していない場合は、今回の改正法が適用されるとしたのです。
つまり、今回の事件でいうと、1997年当時の法律だと強盗殺人の公訴時効は15年でしたから、本来2012年に時効が完成するはずでした。それなのに、強盗殺人は時効にかからないという改正法を適用して、2013年に逮捕・起訴したのは『遡及処罰の禁止』に反していると、被告人側は主張したわけです。
ちなみに、強盗殺人の公訴時効は、2004年の改正で15年から25年に引き上げられていました。ただ、このときは、改正施行前の犯罪について『従前の例による』、つまり、改正した法律はさかのぼって適用しないとされました。つまり、1997年に起こった強盗殺人の公訴時効は、依然として15年だったわけです。そのため、2004年の段階では『遡及処罰の禁止』の問題はありませんでした」
●逃げ得を許さない姿勢、明確に
最高裁の判決は、どこがポイントだったのだろうか。
「憲法違反ではないと判断した理由は、大きく次の2点です。
(1)公訴時効の廃止は、行為(犯罪)時点における違法性の評価や責任の重さをさかのぼって変更するものではない。
(2)施行の際に公訴時効が完成していない罪について改正法を適用するとしているのだから、被疑者・被告人になりうる者に既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするわけではない。
憲法39条は、行為をする際に、何が適法な行為で、何が犯罪なのか、国民に予測可能性を持たせることで、自由な行動を保障するための原則です。
また、公訴時効は、犯罪に当たる行為をしても一定の期間を逃げおおせれば自由になることを保障する趣旨ではありません。
仮にそのような期待をしたとしても、それは保護に値しないという『逃げ得を許さない』姿勢が、今回の判決で明確になったといえるでしょう」
伊藤弁護士はこのように分析していた。