ノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった大村智・北里大学特別栄誉教授に関して、その研究業績だけでなく、人道的な行動にも賞賛の声が集まっている。
大村氏が、1979年に学会で発表した「エバーメクチン」という化学物質は、寄生虫感染症に有効な「イベルメクチン」の発見につながった。「イベルメクチン」は、米製薬大手「メルク」から、商品名「メクチザン」として発売。世界保健機関(WHO)を通じて、中南米、アフリカで、のべ10億人以上に無償で提供されている。
こうした大村氏の功績について「東スポweb」は10月上旬、「大村智氏の偉人伝説 数千億円相当の特許権放棄」という見出しの記事を掲載。「大村氏はWHOを通じ、10億人以上にイベルメクチンの無償提供を行い、特許権を放棄。所有していれば、数千億円が転がり込んできてもおかしくはない」と報じた。
もし万が一、東スポの報道が事実だとしたら、医薬品を無償で提供するためには、特許権を放棄しなければいけないのだろうか。特許の法律問題に詳しい岩永利彦弁護士に聞いた。
●特許権を行使するか、しないかは権利者の自由
「本来は、対象の特許権の特定と、その特許権の対象となる薬の特定、さらに、利害関係人間の間柄を規律するライセンス契約書まで見ないと、正確なことは言えません。それを前提に一般論のみ述べます」
岩永弁護士はこう前置きした上で、解説をはじめた。
「特許権が放棄できるのかという点についてですが、特許法97条などに規定されている通り、放棄することは可能です。
そもそも特許権は、財産権、つまりはボールペンやパソコンなどの物に生じる所有権と同様の権利ですので、それを放棄できるのは当然です。
そして、放棄すれば、物を捨てたのと同様、権利の行使ができなくなる、つまりはライセンスによるロイヤリティーなどを請求できなくなります」
では、特許を取得した薬を無償提供するには、特許権を放棄するしかないのだろうか。
「いいえ、わざわざ権利を放棄しなくても実現できます。
たとえば、ボールペンやパソコンを『借りパク』されたとき、いちいち所有権に基づく返還請求をする人は多くないでしょう。
でも、預けている『その物』について、捨てたわけではありませんよね。
特許権も同じです。本来行使できるのに、権利を行使するかしないか,つまり、その特許でロイヤリティーをもらうかもらわないかは、権利者の自由にできるということです。
ですので、今回、特定の薬を無償提供した話も、特許権の放棄というよりも、『無償提供したい』という特許権者の意思で、ロイヤリティーをもらわなかったということだと考えられます」
岩永弁護士はこのように述べていた。