面識のない女性に対して性的暴行を加えたとされる男の裁判員裁判が今年3月、さいたま地裁で開かれていた。男は直前にスカートに履き替え、女装して犯行に及んでいた。スカート姿が見えない背後から忍び寄り、いきなり口を塞いでいた。3月13日に懲役10年の判決が言い渡されている(求刑懲役12年)。男が法廷で語ったのは——。(ライター・高橋ユキ)
●「騒ぐな、自分でズボンを脱げ。足を開け」
短髪にマスクをかけ、紺色のスウェット上下で法廷に現れた被告人(逮捕時26)は、肉付きのよいがっちり体型。柔和な雰囲気が漂うが、眉毛は凛々しく、時折傍聴席を見回す目つきは鋭い。
昨年(2023年)5月7日の深夜、さいたま市内の路上で面識のない20歳代の女性に対し性的暴行を加えたうえ、女性の身につけていた下着を奪い去ったという強盗・強制性交等の罪で起訴されていた。逮捕は同年5月末。その後、鴻巣市の路上で自転車に乗っていた20歳代女性の体を触るなどしたという強制わいせつ容疑でも再逮捕されていたが、これは不起訴となっている。
起訴状などによれば被告人は事件前日の夜9時前から車で自宅を出発。深夜まで移動を続ける中、たまたまカラオケ店のアルバイトを終え徒歩で自宅に向かっていた女性・Aさんを見かけた。被告人はAさんを追い越し、手袋やスカートなどを持って車を降りた。そしてズボンからスカートに履き替え、Aさんを待ち伏せする。その後、被告人を追い越して歩いているAさんの背後からいきなり口を塞ぎ、犯行に及んだ。
「騒ぐな、自分でズボンを脱げ。足を開け」
抵抗していたAさんが転倒すると、被告人はAさんの下半身の着衣を脱がせ、パンツを奪った。さらに口を塞いだままAさんを近くのあぜ道まで連行したうえ、口腔性交を要求。その後、立たせたAさんのブラジャーをはぎとり、その下半身に背後から性器をこすりつけたという。
●「殺されちゃうんじゃないかと…」
罪状認否で被告人は「挿入しようとしていない、こすりつけていない」と一部を否認。裁判では「性器を被害者の下半身に押し付けたかどうか」が争われることとなったが、第二回公判で証人として証言した被害者Aさんは、犯行時の様子を鮮明に記憶していた。
「歩いて自宅に向かっていたら、うしろから片手で口を塞がれて『騒ぐな』と言われました。殺されちゃうんじゃないかと思い、体をひねったり、口を塞いでいた犯人の手を両手でどかそうとしたりしました。でも、どかすことができなかった。私よりも犯人の方が力が強かったからです」
ビデオリンク方式で別室から証言する被害者Aさんの声が法廷に響く。Aさんはそのとき、口を塞いでいた被告人の手を見たところ「ざらっとしたような、すべらないような感じの黒っぽい手袋をつけていた」という。
「片手で私の口を塞いだまま、もう片方の手でズボンのチャックを下ろそうとしたり、ボタンを外そうとしてきたので、私は体を前後や左右に揺らして逃げようとしたり、口を塞いでいる腕を両手で掴んで、口から外そうとしましたが、逃げることはできませんでした。前のめりになって両手をついて転んでしまいました」(Aさんの証言)
●被害者の目に飛び込んできたものは…
Aさんが力いっぱい振りほどこうとしても、逃げられないほどの力で被告人はAさんを押さえつけていたようだ。その後Aさんはパンツを奪われ、着衣の上から「後ろのホックをまず外されて、肩ひもも外れるタイプだったので、後ろの肩ひもを外されて、前からするっと抜かれる」(同)形でブラジャーも外された。
さらに胸などを触られるなどしたうえ、口腔性交を要求されたというが、そのときAさんの目に飛び込んできたものは、スカートの下に女性用下着を履いた被告人の股間だった。
「シースルーの花柄のスカートを腰のあたりまでまくりあげていて、赤い女性のレースのパンツを履いて、性器がはみ出ている被告人の足が見えました」(同)
口腔性交ののちAさんは、被告人の性器を下半身にこすりつけられたという。被告人はその際『ゴム持ってる?』『こういうことするの初めて?』などと尋ねてきたともAさんは証言していた。
●「罪悪感から興奮しなかった」
被害にあった後、Aさんはすぐに近くの交番に助けを求めた。病院で診察を受け、アフターピルを処方された。Aさんは「犯人は手慣れているように感じたか?」という裁判員の質問に対し「慣れているかは分からなかったですけど、手際はよかったです」と振り返った。
下半身へ性器をこすりつける行為で被告人の犯行が終わったことについても、「私が泣きわめいていたので、興奮しなかったのかなと思います」と、恐怖で泣いていたことから被告人が犯行意欲を途中で喪失したのではないかという見解を示した。
Aさんへの尋問直後に行われた被告人質問で、被告人は弁護人からの問いに対し「罪悪感から興奮しなかった」と淡々と述べ、下半身へ性器を押し当てる行為そのものを否定した。
「片手でAさんを触り、片手で自分の性器を触っていた」とも証言。あくまでも「性器を押し当ててはいない」という主張を続けた。「逮捕までおびえながら暮らしていた」と語る被告人の声は小さく、裁判長に「大きな声でしゃべってください!」と注意されていた。
●犯行翌日には「罪悪感の塊の物品を頭にかぶりながら…」
弁護人からの質問に対し“罪悪感”を語った被告人だが、現場で奪い取ったAさんの下着を、犯行翌日に頭にかぶって自慰行為におよび、その様子を動画撮影している。これを検察官から厳しく追及されることになった。
検察官「あなたAさんの下着をなぜ捨てなかったの? 警察がいつ来るかとおびえていたんですよね?」 被告人「どう処分したらいいか分からなかった……」 検察官「捜索時にAさんの下着が出てくればあなたが犯人だ、となりますよね。それに怯えていたのに、どうして捨てなかったんですか? なぜそんな罪悪感の塊の物品を頭にかぶりながら自慰行為ができるんですか?」 被告人「…………」 検察官「あなたの言うところの罪悪感ってなんですか?」 被告人「…………」
答えに窮した被告人に対しては、犯行直前に女性もののスカートに履き替えた理由についても質問がなされた。昨年5月の逮捕当時には「女装することで、より興奮が高まる」などと語っていたというが、法廷では「特に理由はありません」と、同じく小さな声で淡々と答えた。
検察官「『普通に女性を襲うより、もっと興奮したかったから』と言っていませんでしたか?」 被告人「覚えていません」 検察官「何のためにスカートを買ったんですか?」 被告人「答えたくありません」
女性ものの下着を身につけていたことを裁判員から問われた際も「男もののボクサーパンツを履いていました。被害者が勘違いしている」と、下着は男性ものだったと主張し、下着やスカートなどを身につけていた理由が法廷で明言されることはなかった。
3月13日の判決で金子大作裁判長は「被告人の公判供述は信用できない」と述べ、被告人が否定し続けた「下半身への性器こすりつけ」行為があったと認めた。
「2時間もの間、車で下見を続け、手袋やスカートを持参し、待ち伏せて犯行に及んでおり計画的。被害者と体格差があることを分かりながら犯行に及んだ。被害者は『殺されるかと思った』と述べており、性欲を満たすための身勝手な行為で被害者に屈辱を強いた」(判決より)
被告人はAさんに対して謝罪をしておらず、被害弁償も行っていない。被告人が法廷で語った“罪悪感”がどういうものなのか、見えないままだった。