埼玉県越谷市のアパートで2022年1月、元交際相手の女性(当時33歳)を包丁で刺すなどして殺害したとして、殺人や銃刀法違反などの罪に問われた男性被告(26歳)の裁判員裁判が5月10日、さいたま地裁であった。検察側が懲役18年を求刑して結審した。
動画配信アプリのライバー(配信者)とリスナー(視聴者)との間で起きた殺人事件。最終弁論の途中で、親族が苛立ちを隠せず、裁判長が退廷を命じるハプニングもあった。はたして、いかに裁かれるのか。(ライター・渋井哲也)
●殺された女性の遺族「なんで『さん付け』なのか?」
起訴内容や論告求刑などによると、事件が起きたのは、2022年1月27日。
茨城県牛久市の無職・古川大輝被告は、元交際相手の岩渕未咲さんが住むアパートのベランダに入って待ち伏せ。ベランダに干してあった洗濯物を取り込もうとした岩渕さんを包丁で7回突き刺し、さらに首を絞めて殺害した。
古川被告はいったん岩渕さんのアパートを出たあと、「死亡を確認する」ため、現場に戻ってきている。そして、もう一度、彼女の首を絞めた。古川は起訴事実を認めており、事実関係に争いはない。
「岩渕未咲さんとご遺族の方に大変な苦痛を与えてしまったこと、本当に申し訳なく思っています。これからは自分自身と向き合って、今後そのようなことを二度と起こさないことに努めたいと思います」(古川)
最終弁論の途中、岩渕さんの親族が、古川被告の弁護人に向かって「なんで、『さん付け』なのか?」と傍聴席から発言する一幕もあった。刑事事件の弁護では、被告を「さん付け」で呼ぶことが少なくない。通常の弁護活動をしていたといえる。
しかし、身内を殺害された親族からすれば、気分のよいものではなく、苛立ちを隠せなかったようだ。裁判長が発言をやめるように言ったが、繰り返したため、退廷を命じられた。法廷を出る際、古川被告に向かって「お前のこと、忘れないぞ」とにらみつけた。
●事件前に2人が会ったのは1度だけだった
殺された岩渕さんが利用していた動画配信サービスでは、ライブ配信する人は「ライバー」、視聴する人は「リスナー」と呼ばれている。
リスナーは、ライバーを応援するために「投げ銭」できる仕組みだ。川被告は岩渕さんのリスナーだった。本当に2人は交際していたのか。
事件前、古川被告と岩渕さんが会ったのは1度だけ。にもかかわらず、古川被告は「元交際相手」と証言する。検察側の論告でも同じ表現だった。一方、岩渕さんの母親は「交際相手としては認めない」と陳述している。
事件2日前の1月25日、古川被告は、殺害方法や「殺人初犯」というワードをインターネットで調べて、侵入方法についても、事件当日に検索していた。また、凶器の包丁(刃渡り約15.3センチメートル)を購入して、殺害の準備をしていた。
事件当日、古川被告は、自宅のある牛久市から岩渕さんの自宅周辺までやってきて徘徊し、岩渕さん殺害の機会をうかがっていた。約7時間にわたって待ち伏せをしていたという。
「怪しまれないように待機するため、レンタカーを借りました」
岩渕さんのアパートを知っていたのは、交際間もなく、家に送って行ったことがあったためという。
●犯行後、被告と母親は「LINE」でやりとりしていた
犯行後、古川被告は、自分の母親にLINEでメッセージを送った。
<人を殺してしまった。迷惑をかけてしまって、ごめん>
古川被告の母親は次のように返信したという。
<一緒に逃げよう>
これに対する返信はなかったという。この母の証言は、弁護人の質問ではなく、検察側の質問で明らかになった。
「本当に唐突だったので、半信半疑でした。もし本当だとしたら、ニュースになると思っていたので、ずっとインターネット検索をしていました。結局、夜の11時40分ぐらいにニュースで知りました。
越谷署にいるとわかったので、自分も行きました。車で4時間。受付で『出頭した人がいると思いますが、自分の息子ではないかと思っている』と言いました。『なぜそう思うのか?』と聞かれたので、LINEのメッセージを見せました」
実際に「一緒に逃げよう」としたのか。いったん休廷になったあと、弁護人の質問にこう答えた。
「息子のLINEの内容が本当なら、どうしていいかわからないでいるのではないか。本人もケガをしているのではないか、(このまま)LINEのメッセージがないかもしれないと思いました。
(逃げようとしたのではなく)一緒に警察に行こうと思っていました。読み方によっては誤解を与えるかもしれませんが、実際に会えたら、(警察に行くように)本人を説得しようと思っていました」
結局、古川被告は1月27日午後6時29分ごろ、越谷署に1人で出頭した。ほぼ同じころ、消防から警察に通報が入った。なお、事件発覚前の出頭のため、弁護側は「自首」が成立しているとして、裁判員に刑を決めるうえでの配慮を求めている。
●被告の母親「すべてが間違っていたんじゃないか」
事件の3週間後、母親は古川被告と会えた。
「(裁判までの)トータルで月1、2回会いに行きました。最初は、ちょっと顔色も悪く、暗い感じでした。ただ、私がどんどん痩せてしまったのを見て、息子のほうが、私のことを心配してくれていました。そのあとは、気持ち自体、落ち着いてきてるような感じに私には見えました」
母親としてはなぜ古川被告がこうした事件を起こしたと考えたのか。
「いろいろ考えたんですが、わからないんですよ。ずっと自分の育て方が間違っていたのかな? もうすべてが間違っていたんじゃないか」
古川被告は、被害者遺族に対して誠意のこもった謝罪を述べていない。母親も子育ての反省はしているものの、謝罪の言葉は「申し訳ない」程度だった。
証言することについて、母親は「怖かった。こうやって発言していくことがいいことか、自分でもわからない。とても怖い」と話した。刑事事件では、賠償金を支払う意思を示す被告やその家族もいるが、古川被告も母親もそのような意思は示していない。
●検察側は「支配欲」を指摘して懲役18年求刑
そもそも犯行動機はなんだったのか。
岩渕さんと古川被告は、配信で知り合ったことをきっかけとして交際したとみられる。オンラインの関係からリアルの関係に移行していく中で、岩渕さんが、古川被告に対して、関係解消のメッセージを送った。
<もうちょっとデートとかしてからのほうがいいかなと思った>
<リスナーとライバーの距離を保ってもらえるかな>
このとき、古川被告はどう返したのか。被告人質問で「普通に許可しました」と答えている。
検察側は「許可」という考えが「支配欲の現れだ」と断じる。しかも、岩渕さんの遺族が、被害者参加弁護士を選任して、裁判に参加していることを知っている状況下でもそう述べたのだ。さらに、次のようにも証言した。
「ライバーとリスナーの関係に戻ろうと言われた。被害女性が他の男のものになるなら殺してしまおうと思った」
検察側は、支配欲が強く、事件後から裁判に至るまでに、謝罪も反省もないと指摘したうえで、懲役18年を求刑した。判決は5月16日午後3時、さいたま地裁で言い渡される。