弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 民事・その他
  3. テレビ局の「失礼な取材依頼」はなぜ繰り返されるのか? 背景に「行きすぎた分業制」プロデューサー指摘
テレビ局の「失礼な取材依頼」はなぜ繰り返されるのか? 背景に「行きすぎた分業制」プロデューサー指摘
テレビ朝日(yu_photo / PIXTA)

テレビ局の「失礼な取材依頼」はなぜ繰り返されるのか? 背景に「行きすぎた分業制」プロデューサー指摘

テレビ朝日「グッド!モーニング」から取材協力依頼を受けた作家の男性が、それに応えたのに失礼な対応をされたという内容のツイートをして、ネット上で話題になっている。

「テレビ局による非常識な依頼」が物議を醸すのは、これが初めてではない。昔から繰り返され、一向に改善される気配がない。テレビマンのはしくれとして本当に悲しくなる。

取材依頼時の「失礼案件」の背景には、テレビの制作体制に大きな根本的な問題がありながら、当事者たちがその問題に気がついていないことがありそうだ。

根本的問題とは「いきすぎた分業制」にある。その結果、テレビとは、誰も周到な下調べも勉強もせず、責任も取ることなく、問題を起こしても改めることのできない困った集団に成り果ててしまった。再発防止を願うからこそ、あえて厳しめに断言する。(テレビプロデューサー・鎮目博道)

●「テレビは依頼先への雑な扱いをやめて」作家の告発

作家のカルロス矢吹さんが「拡散希望」としたツイートやnoteによると、「グッド!モーニング」からTwitter経由で企画の協力依頼をうけたことから、ギャラの確認などをしたところ、相手の返信が途絶えたという。それだけでなく、番組は矢吹さんの仕事仲間にはギャラを明記したうえで同じ企画の依頼を寄越したというのだ。

矢吹さんは「雑な扱いを、テレビ業界のみなさんはいい加減にやめていただきたい」と訴えて注意喚起している。

こうした問題は何度も繰り返されてきた。このテレビ業界の「欠陥」とも言える事態の理由は、番組を効率的かつ安価に、しかも継続的に制作するため「あまりにも分業制が進みすぎた」ことにある。

タイムリーな話題を扱うニュースやワイドショーは特集などを除き、通常で半日、長くても1〜2日の準備で番組を作っている。

制作現場は時間との闘いのため、外部の専門家などに取材協力を依頼する場合には、「お願いしてからOKをもらって取材完了までの時間」をとにかく縮めるのがキモになる。

●識者選定〜依頼〜取材完了までの「丸投げタイムアタック」

そこで行われがちなのが「取材協力依頼作業の丸投げ」だ。

番組企画は通常、プロデューサーやチーフディレクターなどが考え、ディレクターが制作を担当する。取材の依頼作業は別の人間に「丸投げ」する。引き受けるのは、AD(アシスタントディレクター)やリサーチャーの場合が多い。

だいたいの分業の流れはこうだ。

企画を考える人(チーフ)→ 構成を立てて「こういう人を探せ」と丸投げする人(ディレクター)→ ネット検索で候補者を探し、片っ端から電話やメールで依頼する人(ADやリサーチャー)

今回、矢吹さんに直接依頼したのはADたちかもしれない。

時間に追われながら協力OKの人物を何名か確保するのが役目となるが、彼らは指示を受けて作業しているだけなので、肝心の「企画内容の詳しい内容や必要とされている協力者の条件」を深く理解していないことが多い。

テレビではない媒体に目をむけると、私が雑誌・新聞・Webメディアから依頼される際には、主に「編集者」から問い合わせを受ける。そして、通常は謝礼などの条件と期限も提示されて、「協力をお願いします」と確定的な依頼となる。

これは編集者が事前に「鎮目とはどういう人物でどのような意見をこれまでに表明しているか」を調べているからこそできることだ。

しかし、テレビはこうはいかない。依頼を担当するADやリサーチャーが企画の内容や相手のことを理解しないまま声をかけてしまうので、「まだ採用されるかわかりません。謝礼も払えるかわかりません。でも、どういうことをご存知か詳しく教えてください」という失礼な依頼になるわけだ。

ADらに番組作りの権限はなく、取材協力を取り付けた候補者をディレクターに提示するだけだ。ディレクターが良さそうな人物を選んで構成案を作成し、チーフが最終的にOKを出すという流れをたどる。

だから、分業制において、取材協力依頼をしている段階では、確定的なことが何も言えない構造だ。しかし、時間に追われながらもADは「上の人間が判断できる材料」は専門家から聞き出さなければならない。

したがって、「いろいろ話を聞かれたのに謝礼は払われない」という事態がちょいちょい発生する。

●いきすぎた分業制ににじむ「テレビの傲慢な態度」

テレビ業界はそろそろ「採用するかどうかわからないのに、たくさんの人に声をかけること」の失礼さを認識すべきだ。

ろくに下調べもしないまま専門家に声をかけ、自分たちが欲しい意見を選ぶというのは傲慢でしかない。

さらに怒りを増幅させる原因となるのは、ボツになった時に入れるべきお詫びの連絡がおろそかになってしまうからだ。複数のディレクターから様々な案件を頼まれているADらは時間に追われている。また、社会経験も浅く、教育もロクにされていないので、口の聞き方や文章も失礼なADも少なくない。

しかも権限も与えられないとなれば、トラブルが起きても自らの責任で治められず、上司に相談しているうちに対応が遅れて問題が大きくなる傾向もある。

「テレビは失礼だ」と怒りを買う原因が「いきすぎた分業制」にあることがお分かりいただけただろうか。

●「おもしろいものさえ作ればいいだろ」と考えるディレクターの非常識

テレビが謝礼金を払わないのも「いきすぎた分業制」の弊害と言える。

かつてのように「テレビに出してやるだけで宣伝になるのだからありがたいと思え」という発想の番組や、予算が少なすぎるから「謝礼をできるだけケチる」という番組は減ったと思う。

謝礼の未払いがトラブルを引き起こしやすいという認識は、少なくともプロデューサーレベルには浸透してきているからだ。

それでもまだ「謝礼を払わない・曖昧にされる」という問題が起きているのは、ディレクターには謝礼金を気にする文化がないからではないか。

テレビディレクターというのは不思議な職業だ。「社会常識などなくても面白い作品を作れば優秀」という変な評価基準や「お金を気にせずに良いものを作る」という美徳がまかり通る。

分業制の中でディレクターは「お金や雑務はプロデューサー連中やADがやればよくて、私は面白いものを作る人」と思っているフシがあり、「お金のことなど気にせず、片っ端から依頼すればいい」という甘い認識を心の隅に持っていないだろうか。

ディレクターから「お金のことは気にするな」と言われても、ADやリサーチャーはそうもいかない。お金をたくさん使うと、予算を気にしているプロデューサーから「無駄遣いをするな」と怒られるからだ。ディレクターの無茶振りに応えるため、ADらが苦し紛れに「謝礼は出ませんがお話を聞かせてください」と言わざるをえないのかもしれない。

取材先へのリスペクトを忘れたテレビ業界の「いきすぎた分業制」と、世間離れした常識が改革されない限り、トラブルは続き、番組制作に協力する人は減るだろう。完全に見放されてからではもう手遅れだ。

オススメ記事

編集部からのお知らせ

現在、編集部では正社員スタッフ・協力ライター・動画編集スタッフと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

正社員スタッフ・協力ライター募集詳細 情報提供はこちら

この記事をシェアする