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4630万円誤振込事件の被告人、ヒカルさんの支援で立ち直りを発信 弁護人が1年を振り返る
山田弁護士

4630万円誤振込事件の被告人、ヒカルさんの支援で立ち直りを発信 弁護人が1年を振り返る

山口県阿武町から誤って振り込まれた給付金4630万円を銀行に告知せず不正に振り替え、利益を得たとの疑いで、20代男性が電子計算機使用詐欺罪で起訴された事件。今年(2023年)2月28日、山口地裁は被告人に対して、懲役3年執行猶予5年の判決を下し、被告側は即日控訴した。

この事件をめぐっては、逮捕前から新聞やテレビ、ネットでも報道が過熱。本人や家族、過去の交友関係などのプライベートな情報や憶測に基づくものまで、さもそれが真実であるかのように多方面に晒されていった。

今年4月8日で、事件発生から1年を迎えた。この事件の刑事裁判で弁護人を務めた山田大介弁護士に、過熱する事件報道の公益性や刑事事件の被告人の更生環境について話を聞いた。(裁判ライタ—:普通)

●社会との関係性を修復させるための弁護活動だった

——弁護活動で特に意識したことは何かありますか?

判決を取りに行くだけでなく、被告人の姿が社会に対して、どう届くのか考えていました。

「全部黙秘します」とした結果、仮に無罪や執行猶予となっても彼のためにもならないと思いました。裁判という場を通して、きちんと彼と社会との関係が修復できる道筋になるよう意識していました。

なお否認事件等での黙秘など、黙秘全般を否定する趣旨ではありません。過熱する報道の中で、事実関係に特に争いが無いという状況の中での判断でした。

山口地方裁判所で開かれた初公判には開廷2時間前から報道陣が集まった (2022年10月5日、撮影:筆者)

——被告人は裁判で答えにくい質問にも答えて、裁判に向き合い、反省している姿勢を示していたと感じます。

裁判では被害者に目がいきがちですが、被告人にも意見を申し立てる機会があります。これにはいろいろな理由がありますが、「被害者がかわいそう」という理由だけで罰が下ると、被告人は真に事件と向き合うことなく、ただ罰を受けることになります。

きちんと自分が思っていることを正しく伝えた上で判決が下されることにより、被告人の反省に繋がると思っています。ですので、被告人には「きちんと話していこう」と伝えました。

——ほかに、なにか意識したことはありますか?

特に被告人と弁護人の立場を切り分けました。まず、彼には、反省、更生に努めてもらう。そして、今回は罪の成立を争って無罪主張をしていましたが、あくまで法律論争を行っているのは弁護人であることを明確に分かるように打ち出してきたつもりです。

●YouTuberヒカルさんの協力により会社でWebデザインの仕事

——被告人は保釈後、人気YouTuberのヒカルさんが株主の食品会社で働くようになり、話題になりました。これも山田弁護士が準備を進めていたのですか?

弁護活動において、更生に向け就職の手助けをするのはよくあることです。ヒカルさんとは色んな人脈を辿ってですが、詳しい経緯については企業秘密で(笑)

——被告人は働き始めてもう半年以上となりますね

とにかく私の想像を超えて一生懸命働いてくれました。今はヒカルさんの会社でWebデザインなどに携わっていますが、元々はパソコンもほとんど触ったことがなかったそうです。

それが今やPhotoshopやIllustratorなどのソフトを使って仕事をしています。本人としても後がないという思いで、真剣に取り組み努力しているのだと思います。

——被告人は自身のTwitterでほぼ毎日、仕事の様子を発信をしていますね。山田弁護士のアイデアですか?

実はヒカルさんたちのアイデアなんです。更生の様子をフルオープンにしようと。彼にとっても、期待している人を裏切ってはいけないと、頑張るモチベーションに繋がったと思います。

また、声をかけてくれる人がネット上にも増えました。今回の事件で、彼が誤った判断をしてしまったのも周囲に相談できる人がいなかったという理由も一部にあります。今ではネットでも、リアルでも相談できる方が増えました。このことは彼の更生、再犯防止に大きく役立っていると思います。

●過激な報道「自分へと返ってくる」危険性の認識を

——最初に被告人に会ったときは、どういう印象をお持ちになりましたか?

私は、もともと別件で相談に乗ったことがあり、事件前から彼のことを知っていました。世間からはアブノ—マルと思われているかもしれませんが、喋り方も大人しいし、むしろ丁寧。もともと人が多いところはしんどいという思いが本人にあって、人があまりいない阿武町へ引っ越した、なんて経緯も知っていました。

その時から印象は変わっていませんし、「大麻を栽培するために移住」なんて報道などもあり、何がどうしてこういう報道になったのかと、とても驚きました。

——事件が発覚してからのメディアやネットの騒ぎというのは相当だったのでは?

そうですね、連日多くのメディアが家を取り囲み、行動が相当に制限されたと聞きました。逮捕もされていない中、本人に対しても相当過剰な取材攻勢があったと思いますが、実家の親御さんも外出をしようとすれば記者に追いかけられたり、スーパーなどにも取材の方がいたりと、とても普通の心境では生活できなかったと思います。

誤振込が発覚してまもなく、彼は身柄拘束されるのですが、そのあとも取材は続きました。接見中も彼は「自分がいないところで、周りの人が辛い目にあっているのではないか」と、ひたすらに気にしていましたね。

最初は弁護士である私も叩かれましたね。仕事柄ではありますが。ただ私の事務所にも記者の方がたくさん来たので、他の仕事をストップせざるを得なかったのは、困りました。

——過剰な報道、ネットユーザーについて、どう考えていますか?

今回の件に限らず、社会全体の問題として考えてもらいたいなと考えています。どこまで被疑者、被告人について報道する必要があるのか。彼が有罪であったとしても、過去の女性関係、卒業アルバムなどはどんな公益性がある情報なのでしょうか。

また、制度改正によりネットの誹謗中傷については発信者情報開示請求という手続きが非常にとりやすくなっているのですが、「匿名だから何を書いても大丈夫だろう」という感覚は一部のネットユーザーにはまだありますよね。

「書き込む対象が悪い」という正義感なのかもしれませんが、だからといって第三者である自分が相手を叩いていいのか、冷静になって考えてもらいたいと思います。

ちょっとしたトラブルで、誰しもが社会からバッシングを受ける立場になりえます。「被疑者が悪いからいいじゃん」のロジックは、いつか自分に返ってくるかもしれない。是非皆さんにも考えてもらいたいと思います。

●全国に先行する更生支援の取り組み

——保釈された後も「悪いことをしたのだから、就職の支援までするのはおかしい」という声が、ヒカルさんや山田弁護士に対してありました。

過ちを犯した人に共感できないという気持ち自体は説得しようとは思いません。

ただ、社会の安全を考えた場合に、過ちを犯した人が就職できない状態で社会に戻ってくる方が危険だと思わないですか? 社会に戻った後の見通しが立ってないのに戻す方が無責任だと思うんです。

——確かにそうですね。山田弁護士は最終弁論の場でも、被告人に対しての応援の姿勢を明確に打ち出していたのが印象的です。

実は山口県弁護士会では先進的な取り組みをしていまして。福祉専門職である社会福祉士の方と共同で、更生支援に取り組んでいるんです。今では予算もついて、初期段階の接見にも一緒に入ってもらって、更生支援計画などを立てることもあります。

もちろん刑務所にも一定の役割、効果はあります。しかし、厳しくすれば必ず更生するわけではないのは、皆さんもよくお分かりになるのではないでしょうか。

——控訴審ではどのような主張をしていきますか

原審では、私自身としては法律家として結果を出せず、力不足であったと大変申し訳なく感じています。一方、裁判所が、実刑にすることに躊躇を覚えたのは、本人の努力や多くの方々のサポートについて一定の評価を頂けたからではないかと考えています。

控訴審では、基本方針は維持したまま、足りなかった部分をしっかりと補い、結果が出せるよう戦っていきたいと思います。本人の社会内における更生の努力について、引き続き温かく見守って頂けると幸いです。

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