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刑務所から出てきた人に「仕事・住居・教育」を 「失敗を何度も受け入れる」奈良県の画期的な支援制度
かがやきホーム(提供画像)

刑務所から出てきた人に「仕事・住居・教育」を 「失敗を何度も受け入れる」奈良県の画期的な支援制度

刑務所から出所した人には、支える人、住まいなどのほかに、働く場所、生きる知恵が必要だ。

奈良県では、2020年4月、出所者の社会復帰を応援するため、「奈良県更生支援の推進に関する条例」を施行。全国初の県が全額出資する財団法人を設立し、このたび、2人の出所者を雇用した。

この取り組みについて、事務局代表は「失敗したあとまで面倒を見ることと、教育が2本柱だ」。設立準備に関わった奈良弁護士会会長の宮坂光行弁護士は「当初は夢のような話だったが、実現できた」と喜ぶ。2人に話を聞いた。(編集部・塚田賢慎)

●再び刑務所に戻る人は、全体的に減少している

「奈良県における出所者支援の取り組み」という本題に入る前に、11月24日に発表された令和2年版の犯罪白書を見ていこう。

まず、日本の出所受刑者の再入率(出所後の犯罪により、刑事施設に再入所した人員の比率)は、だんだんと低下している。

2年以内の再入率は23.4%(1999年)から16.1%(2018年)まで低下。5年以内の再入率も、1996年から2015年にかけて約9.5ポイント低下した。

出所受刑者の出所事由別再入率の推移(令和2年版犯罪白書より) 出所受刑者の出所事由別再入率の推移(令和2年版犯罪白書より)

一方、白書では、入所受刑者の「犯行時の就労状況別構成比」と「犯行時の居住状況別構成比」(ともに2019年)が紹介されている。

入所受刑者の就労状況別構成比(令和2年版犯罪白書より) 入所受刑者の就労状況別構成比(令和2年版犯罪白書より)

入所受刑者の居住状況別構成比(令和2年版犯罪白書より) 入所受刑者の居住状況別構成比(令和2年版犯罪白書より)

初めて刑事施設に入る人(初入者)も、再入者も、いずれも犯行時に無職である人の割合が高い。特に、再入者のほうが、無職の割合は高くなる。

男性も女性も同じ傾向にあるが、男性の初入者(6357人)では無職と有職の割合は62.6%と37.4%。男性の再入者(9313人)では無職(69.7%)と有職(30.3%)となる。

初入者も、再入者も、犯行時に住居不定である割合のほうが低いが、しかし、再入者のほうが、住居不定である割合は高くなる。

つまり、刑事施設を出たあとで、再び罪を犯して、戻ってしまう人の割合は年々減少している。しかし、傾向として、刑務所を出た後に、仕事や住居を失っている人は多いようだ。そのため、彼らに仕事や住む場所を提供することが、再入率を低下させるために有効と考えられている。

●なんで奈良なのか

奈良(写真はイメージ。まちゃー / PIXTA) 奈良(写真はイメージ。まちゃー / PIXTA)

さて、奈良県では、2020年4月に「奈良県更生支援の推進に関する条例」を施行し、7月には、条例にもとづき、「一般財団法人かがやきホーム」(櫃原市)を設立した。ホームの愛称は「Splendente Famiglia NARA(スプリンデント ファミーリア ナラ)」だ。

県が、このような財団法人を設立したのは国内初のことだ。

また、このような出所者支援に関する条例を制定しているのも、都道府県レベルでは奈良県しかない(市町村では、兵庫県明石市にも同様の条例がある)。

●更生支援条例のなかみ

財団法人の取り組みについて、具体的に規定している条文を紹介する。

第十三条 県は、前章に定める罪に問われた者等の更生支援に関する施策を一体的かつ効果的に実施するため、法人を設立し、次に掲げる事業を実施させるものとする。

一 罪に問われた者等を雇用し、並びに職場における就業体験の機会その他就労の場を確保し、及び提供すること。
二 前号の規定により雇用した者に対し、住居の貸与等を行うこと。
三 第一号の規定により雇用した者に対し、企業等への就職その他の社会復帰を支援するため、職業訓練及び社会的な教育を行うこと。
四 前三号に掲げるもののほか、罪に問われた者等の相談に応じることその他罪に問われた者等の社会復帰に必要な支援を行うこと。

2 前項の法人は、同項第一号の規定により雇用した者が企業等に就職した後、当該企業等を離職した場合において、当該者が希望するときは、再び同項各号の事業による支援を行うものとする。

この条例にもとづき、かがやきホームでは、2020年9月、ある刑事施設から釈放された出所者の男性2人を「研修員」として雇用した。そして、住居を提供し、五篠市森林組合で、林業研修を実施している。

地域福祉課で更生支援を担当していた石原正三さんが、県から出向して、ホームの事務局長を務めている。

石原さんを取材した。

●どんな出所者を雇ったの?

ーー採用にあたってのプロセスと、選定基準を教えてください

奈良県を帰住地とし、林業への就労を希望する者の中から、面接により選定しました。求人はコレワーク(矯正就労支援情報センター室)の協力を得て、ハローワークへ「受刑者等専用求人」を出しました。

ーー採用されたのはどんな人ですか

財団に研修員の肩書きで雇用された2人は、20代と40代の、ともに仮出所した男性です。刑事施設に入った理由は、重大な犯罪によるものではありません。

1年の任期で、期限付きの正職員として採用されました。林業で一人前になれるのが3年と考えられますので、3年間は更新されます。待遇は、公表されている県の職員(高卒)と同等です。

五條市森林組合に派遣され、材木の伐採など力仕事にも従事します。研修中、林業に関連する資格を取得する予定ですので、民間の林業事業体への就労見込みはあると考えています。 または、そのまま森林組合の職員になることもあるでしょう。

ーー森林組合も、出所者であることを理解したうえで受け入れているのでしょうか

はい。引き受け人である森林組合では、彼らの経歴をご存知です。

たとえば、お好み焼き店を手がける「千房」(大阪市浪速区)では、出所者らの就労支援策「職親(しょくしん)プロジェクト」を2013年に発足させましたが、千房のお店でも、出所者の経歴は、職場で明らかにされています。

ーー奈良に住むことが雇用の条件です。彼らは奈良出身者、もしくは事件当時、奈良に住んでいたのですか?

いいえ。奈良に住んだことのないかたです。

職と住を両方提供するために、五條市内の賃貸住宅を財団で借り受け、社宅として提供しています。

ーー彼らの普段の生活を教えてください

まず、五條市森林組合で週4日の林業研修を受けてもらい、組合の職員のもと、木を切り倒したり、搬出したり、同じ仕事をOJTで学んでいます。

そして、週1日は財団で社会的教育を受けてもらったり、社会奉仕活動に取り組んだりしています。

仮出所者は、出所後に社会的教育を受ける機会がなかなかありません。財団では、食と住まいだけでなく、教育を提供しています。

法務教官、社会福祉士、更生保護女性会、大学の講師など専門家を招聘し、社会で生活するうえで必要となる知識や技能を身に着ける研修を実施しています。

ーー具体的には?

コミュニケーション術ですね。罪を犯されたかたは、悩んでも周囲に相談できず、孤立することがあります。心理的に自分を掘り下げたり、どのようにして人と関わりを持ったりするのか勉強します。

それと、大切なのは金銭管理です。これまで、お金を気にせず使って困った結果、犯罪をすることがよくあります。少ない給料のなかでやりくりするための勉強もここで受けてもらいます。

ーーなぜ奈良県でこの取り組みがなされることになったのでしょう

奈良県の更生支援取り組みの考え方は3点です。

・司法と福祉をつなぐ
・すべての困っている人を助ける
・県は就労、生活支援、社会復帰に全力を尽くす

この考え方に沿い、就労の場づくりに取り組んでいます。

よその県では、今回のような取り組みはされていませんね。もともとの発端は、荒井正吾知事が参議員時代、法務委員を務めていたころに刑務所の視察で出所者と触れ合った経験にあります。

その後、2013年から、県庁で仮出所者の臨時雇用を始めました。これも全国で初めてで、今回の取り組みも、そのような流れを受けたものです。

●希望したら、奈良県を離れても仕方ありません

ーー今回は、財団での雇用条件として「奈良県への帰住の意思」「林業への興味」を確認しています。奈良県に住み続けることが絶対条件なのでしょうか

まず、他府県に帰住される方を支援することは、雇用においても、住居においても難しいと考えます。また、財団は研修を実施する間の一時的な雇用の場であるため、奈良県に住み続けることは絶対条件ではありません。

ーーたとえば、別の林業が盛んな地域のほうが、雇用条件が良い場合、そちらで働いてもいいものでしょうか

そうですね。奈良に定住して、奈良の林業を支えていただけたらありがたいです。しかし、他の地域で働くのもやむを得ません。

ーー条例では、財団を利用した出所者が就職した企業を辞めた場合、「当該者が希望するときは、再び(中略)支援を行うものとする。」とあります。この条項が設けられている意義を教えてください

民間企業で定着できずに離職したら、また同様の待遇で、同様の支援を実施します。出所者は、就職しても何回か失敗する傾向にあります。そういう人もケアしないといけないと考えています。

先ほどの、教育と、そして、失敗したあとまで面倒を見る。この「2本柱」がかがやきホームの特徴と言えるでしょう。

●来年も2人の出所者を雇いたいと考えている

ーー条例の第6条「県民は、更生支援の重要性について理解を深めるとともに、更生支援に関する施策に協力するよう努める」として、奈良県民の役割も規定されています。事件を起こした人を「怖い」と思う人がいるのも当然だと思いますが、一般の県民の理解・協力は必要なのでしょうか

排除するのではなく、包摂的な社会を目指すのが福祉の原点であり、社会の理解が深まってほしい。みなさんの理解があったほうが社会全体が暮らしやすくなると思っています。

来年度も、新たに2人の雇用を目指して、予算要望する予定です。

●出所者「真っ当に生きていきます」

直接の取材は叶わなかったが、出所者の2人から、財団を通じてコメントをもらった。

「とても沢山の方に支援していただき、人と人が助け合うことの大きさに改めて気づきました。この機会を大切にし、今後の人生を真っ当に生きていきたいと思います」

●立ち上げにかかわった弁護士

宮坂光行弁護士:本人提供 宮坂光行弁護士:本人提供

財団の立ち上げに関わる「奈良県厚生支援あり方検討会」のメンバーだったのが、宮坂光行弁護士(奈良弁護士会会長)だ。

ーー宮坂弁護士がこれまで更生支援活動に取り組んできたこともあって、「あり方検討会」に参加したのでしょうか

「無実の人が無罪になるのは当たり前のことで、弁護士の力ではない。しかし、弁護を通じて、罪を犯した人の更生につなげることができればこちらの方が誇れることではないか」

弁護士になった頃、高野嘉雄弁護士から教えてもらった言葉です。高野さんは、多数の無罪判決を獲得するとともに、「更生に資する弁護」を実践されていました。奈良弁護士会には、その背中を追う弁護人が多くいます。私もその1人でした。

2013年12月に、当会に「刑事弁護における入口、出口支援のあり方を検討するプロジェクトチーム」が発足し、支援の連携の輪を広げていくことなどを目標に活動を始めました。私はこのチームの座長を務めていたこともあり、「更生支援のあり方検討会」に参加することになりました。

ーーかがやきホームの設立、出所者雇用の実現の意義とは? また、現状の課題を教えてください

「あり方検討会」ができた当初から、県自ら出所者の働く企業を作れないかというアイデアが出ました。それは夢のような話だが、実現は難しいだろうと思っていました。しかし、短期間で、全国初の財団法人が設立されました。

荒井正吾知事が熱い想いを前面に出して一貫してリーダーシップを取り、県が本気になれば、このような取り組みが実現するのだと感動を覚えました。

出所者支援を取り巻く課題として、現状では、更生支援を実際に担う団体・機関が一部に限定されてしまっています。

奈良県自らが「かがやきホーム」を設立したことは、これまで支援に関心を持ちながら踏み切れずにいた団体の背中を押し、支援の広がりを生み出す大きな契機となると思います。入所者たちにも、社会に必要とされていることを伝えるメッセージになるでしょう。

出所者が就労先を見つけるだけであれば、それほど難しくない場合もあると思います。分かれ道となるのは、就労が持続できるかどうかです。

必要なのは、ご本人が自発的に就労先を選択することができる環境。そして、うまくいかなくても別のところを選ぶことができる環境です。このような環境こそ、支援が持続するセーフティーネットとなります。そのためには、支援を担う輪の広がりが非常に重要です。

ーー更生支援における弁護士の役割とはなんでしょう

更生支援は、ご本人に何が必要なのかを一緒に考えるところから始まります。仕事のことも、住居のこともあるでしょう。高野さんは、関わった少年に勉強を教えることもあり、私もそのまねごとをしていました。一緒にバッティングセンターに行ったこともありますが、これが更生支援かどうかは諸説あり、でしょうか。

弁護士が更生支援に関わるのは、通常は弁護人・付添人でいる間で、一時的なものです。弁護士は、ご本人を雇用できるわけではなく、福祉サービスを提供することもできません。しかし、彼らと細い糸でつながっておくと、いざ必要なときに手助けをすることはできると思います。

あるときは債務の整理などの法的援助を求められるかもしれないし、またあるときは他の支援者らとのケース会議に参加することが期待されるかもしれません。私にも、数カ月~数年に一度、相談の電話がかかってくる人が何人かいます。更生支援における弁護士の役割は、結局はセーフティーネットの1つのようなものではないかと考えています。

●「小迷惑」ならいいじゃないか

ーーその他、ご意見あれば、ぜひ

「奈良県更生支援の推進に関する条例」の画期的なところは、一度離職してしまっても、再び支援を実施すると明記されているところです。

「小迷惑」をかけることを受容することは、「大迷惑」をかけるリスクを下げ、小さな逃げ道を与えることは、大きな離脱のリスクを下げます。

「失敗」を認めることをあえて宣言した条例と「かがやきホーム」の理念が、持続的な支援の波紋を広げていく大きな一石となることを願っています。

プロフィール

宮坂 光行
宮坂 光行(みやさか みつゆき)弁護士 ならまち法律事務所
              

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