性暴力の被害でPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、医師から診断を受けても、刑事事件では「傷害」として扱われないことがある──。
大阪地検の元検事正・北川健太郎被告人から性暴力を受けたと告発した元検事のひかりさん(仮名)らが10月5日、大阪市内で記者会見を開き、こうした問題を訴えた。
会見には、性犯罪・性暴力事件を担当する弁護士4人が同席。それぞれの経験をもとに、PTSDが「傷害」として認められにくい現状や、捜査機関の理解不足、民事訴訟での賠償額の問題などを指摘した。(ライター・小川たまか)
●北川被告人の公判は10月下旬に再開
北川被告人は2024年7月、準強制性交等罪で起訴され、同年10月の初公判では起訴内容を認めていた。
しかし、第2回公判を前に無罪主張に転じる方針を明らかにして以降、公判は延期されている。
公判は10月27日に再開される予定だ。
ひかりさんは性暴力被害によってPTSDを発症し、医師の診断も受けているとして、準強制性交等致傷罪への訴因変更を検察に求めている。
しかし、ひかりさんによると、十分な説明がないまま、訴因変更は見送られているという。
準強制性交等罪に比べ、準強制性交等致傷罪は法定刑の下限が懲役5年から6年に引き上がり、裁判員裁判の対象にもなる。
こうした状況を受け、会見では「PTSD致傷認定を望む弁護士、医療従事者、被害当事者の会」の設立が発表された。
会見前の大阪地裁前スタンディングの様子(2026年10月5日/撮影:小川たまか)
●PTSDを発症しても「致傷罪」にならない?
ひかりさんの代理人をつとめる田中嘉寿子弁護士は、性犯罪で致傷罪が適用されるケースはごくわずかで、その多くが身体的な外傷によるものだと指摘する。
検察統計調査によると、2025年に検察が処理した不同意わいせつ事件5580件(※1)のうち、致死傷罪に該当する事件は159件。不同意性交等事件3895件(※2)では、209件にとどまった。
また、田中弁護士は、PTSDを「傷害」として致死傷罪で立件するケースは1%程度だと説明。性暴力被害者のPTSD発症率は50%ともいわれており、実態との間に大きな隔たりがあると訴えた。
さらに、ひかりさんは、2023年の刑法改正で不同意性交等罪が創設された前後でも、性犯罪の起訴率はほとんど変わっていないと指摘(※3)。
医学的根拠に基づくPTSDの診断を積極的に証拠として採用するなど、被害者の心的外傷を適切に評価した捜査を求めた。
●致傷として扱われないことに「強い憤り」
会見に同席した村上彩子弁護士は、自身が被害者の代理人をつとめた性犯罪事件について紹介した。
整骨院で起きたわいせつ事件で、当初は不起訴となったものの、検察審査会への申し立てを検討していたところ、起訴されたという。
被害者の女性はフラッシュバックや自傷行為に苦しみ、休学も余儀なくされた。
PTSDを発症していたことから、村上弁護士は致傷罪への訴因変更を求めたが、認められなかったという。
村上弁護士は「担当検事はPTSDに理解があり、非常に熱心に捜査していた」と評価する一方、検察庁内の決裁を得る過程で、上層部から反対があったのではないかとの見方を示した。
訴因変更が認められなかった理由については、「ある程度の心因的負担は不同意わいせつの罪状に含まれる」「検察内で意見が割れたため」などと説明されたという。
会見では、被害女性本人の手記も代読された。
「PTSDという精神障害を与えたにもかかわらず、致傷として扱われないことに強い憤りを感じています」
●「被害は終わっていない」捜査現場での理解不足も
また、桜井祐子弁護士は、自身が担当する別の性暴力事件について説明した。
この事件では、女性が不同意性交の被害を訴え、2023年に被疑者が送検されたものの、不起訴となった。
女性は、捜査を担当した主任検事から事情聴取の際に侮辱的、攻撃的な発言を受けたとして、今年5月、主任検事と国に損害賠償を求める訴訟を起こしている。
訴状には、事情聴取の際、桜井弁護士が担当検事に対し、性暴力被害者のトラウマ反応に関する「5F反応」や「ポリヴェーガル理論」を知っているか尋ねたところ、「知りません」と答えたというやり取りも記されている。
PTSDを適切に評価するには、捜査機関が性暴力被害者の心理や反応を理解することも欠かせない。
桜井弁護士は、性暴力被害について「本人の中では被害が終わっていないが、外から理解されづらい」と述べ、検察内部にも被害者心理への理解が不足していると訴えた。
●「わずかな慰謝料で被害回復できるのか」
丹羽一裕弁護士は、性暴力被害をめぐる民事訴訟で、賠償額が低く抑えられている問題を指摘した。
丹羽弁護士によると、性暴力被害の民事訴訟では、被告側から提示される賠償額が100万円以下にとどまるケースも多いという。
こうした金額は裁判所が認める賠償額を踏まえたものだとし、賠償額を引き上げるには、被害によって働く能力が失われた期間を適切に認定する必要があると説明した。
そのためにも、刑事事件でPTSDが「傷害」として認定されることには意味があるという。
丹羽弁護士は「わずかな慰謝料、わずかな逸失利益しか認められない。そんなことで被害回復がなされるのでしょうか」と疑問を投げかけた。
●訴因変更なければ国家賠償訴訟へ
また、ひかりさんは記者からの質問に対し、訴因変更がおこなわれないまま裁判が再開された場合、国家賠償請求訴訟を起こす考えを明らかにした。
新たに発足した「PTSD致傷認定を望む弁護士、医療従事者、被害当事者の会」には、すでに弁護士や公認心理師ら約20人が賛同しているという。
会は今後、性暴力による心的外傷が司法の場で適切に評価されるよう求めていく。
(※1、2)不起訴件数を含む。
(※3)不同意わいせつ罪と不同意性交等罪に相当する犯罪の起訴率は、2022年がそれぞれ32.8%、32.1%、2025年が33.3%、34.0%だった。