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最高裁「容疑者の実名報道」によるプライバシー侵害認めず…なぜ違法ではないのか?
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最高裁「容疑者の実名報道」によるプライバシー侵害認めず…なぜ違法ではないのか?

実名報道で被害を受けたとして、愛知県警に逮捕され不起訴となった男性が新聞社3社に損害賠償を求めていた訴訟で、最高裁第3小法廷(山崎敏充裁判長)は9月中旬、男性の上告を退ける決定を下した。

実名報道によるプライバシー侵害を認めず、逮捕容疑を誤って報じた毎日新聞にのみ110万円の支払いを命じた東京高裁の判決が確定した。この男性は2010年、偽造有印私文書行使の疑いで愛知県警に逮捕された。毎日新聞、朝日新聞、中日新聞に実名報道されたが、不起訴になっていた。

実名報道が「プライバシー侵害」や「名誉毀損」として認められるのはどんなときなのか。佃克彦弁護士に聞いた。

●「判例は、実名報道それ自体は違法とはならないという考え方で一貫している」

「逮捕された」という事実や「有罪判決を受けた」という事実は、一般にその人の社会的評価を低下させますし、また、人が通常公開を欲しない事がらです。新聞やテレビなどで、そうした事実を実名で報道することは、名誉毀損にあたり、またプライバシー侵害にもあたります。

しかし、判例は基本的に、容疑者や被告人の人物特定事項(氏名がその典型です)について、「犯罪ニュースの基本的要素であって、犯罪事実自体と並んで社会の重要な関心事である」というスタンスに立っています。

実名自体が「公共の利害に関する事実」にあたる、あるいは、実名を報じる(公表する)利益が公表しない利益よりも優越するといった理由で、犯罪報道において被疑者や被告人を実名で報道したとしても、名誉毀損やプライバシー侵害による不法行為は成立しないとするのが一般的です。

一般の人が被疑者や被告人となっている事件の犯罪報道は原則として匿名とすべきであるという見解は、以前から、一部の良心的なジャーナリストや弁護士会などが主張しているところですが、判例は、実名報道それ自体は違法とはならないという考え方で一貫しています。

●「場合によっては違法となる場合が想定されている」

もっとも、判例の中には、次のように、犯罪報道において被疑者や被告人を実名で報道することが、場合によっては違法性を帯びる余地あることを想定しているものもあります。

「事件における被疑事実の内容、被疑者の地位や属性などの具体的事情によっては、プライバシー保護の要請が…公共性に勝り、被疑者段階における実名等の個人情報を含む犯罪報道が、名誉棄損あるいはプライバシーの違法な侵害に当たる場合があることは否定できない」。

いかなる場合に実名報道が違法性を帯びるのかについて、この判例は具体的な指摘をしていません。おそらく基本的には、極めて軽微な犯罪であって逮捕もされておらず、起訴猶予となることが必至であるような事件で、犯情において社会への影響力も小さいような事件を想定しているのだと推測されます。

●犯罪報道の意義とは?

ところで、現在の新聞・テレビ等のマスメディアは、実名報道をすることに以前よりも謙抑的になりつつあります。たとえば、捜査機関が捜査していても、逮捕されないかぎり(つまり、被疑者が在宅のまま捜査されている限り)実名報道をしないなどの運用をしています。

このため、「実名報道が違法性を帯びる場合」として、判例が想定しているような事件自体が発生することがなく、結果的に判例としての蓄積もないというのが現状なのではないかと思われます。

判例の立場は以上のような状況ですので、実名報道それ自体が違法とされることは少なく、よって法律的には、メディアは、安易に実名報道をしてしまったとしても責任を問われずに済んでいるのが現状です。

しかし、メディアの人には、犯罪報道をするときに、被疑者や被告人の実名を報じることに果たしてどれほどの意味があるのかによく思いを致して欲しいと思います。

私は、犯罪報道が有意義であるゆえんは、「その事件から社会が何を学ぶべきか」の情報を与えてくれる点にあると思っています。事件が起きた原因をそのような観点から究明してくれて初めて、犯罪報道は私たちに役立つといえるのではないでしょうか。

事件報道の意義をこのように考えるとき、被疑者や被告人がどこの誰であるかという情報は、犯罪報道において必要な情報であるとは思えません。実名を報じることが本当に必要なのかについて、メディアの人には、事件ごとによく考えて欲しいと思っています。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

佃 克彦
佃 克彦(つくだ かつひこ)弁護士 佃法律事務所
1964年東京生まれ 早稲田大学法学部卒業。1993年弁護士登録(東京弁護士会) 著書に「名誉毀損の法律実務〔第3版〕」、「プライバシー権・肖像権の法律実務〔第3版〕」。日本弁護士連合会人権擁護委員会副委員長、東京弁護士会綱紀委員会委員長、最高裁判所司法研修所教官を歴任。

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