大手企業が入居する都心の高層ビル。最近はセキュリティの強化で、カードキーがないとオフィスエリアに入れないところも増えている。そんなオフィスに入り込むチャンスを、虎視眈々と狙っているのが「飛び込み営業マン」だ。投資用マンションを売り歩いていた元不動産営業のマユミさん(27)は「セキュリティのしっかりしているオフィスほど、金持ちの社員が多く、宝の山みたいなイメージでしたね」と振り返る。
だが、カードキーがなければオフィスの中には入れないはずだ。真正面から受付で「通してほしい」と頼んでも、門前払いを受けるのが関の山だ。マユミさんは「社員にまぎれて中に入り込んでいましたね」と語る。外出先から戻ってきた社員のすぐ後ろについていって、扉が閉まる前にスルリと中に滑り込むそうだ。
マユミさんは「特に怒られたことはなかったですね」と語っているが、そんな風にオフィスに入り込んだら、「犯罪」にならないのだろうか。高岡輝征弁護士に聞いた。
●建造物侵入罪が成立する可能性は?
「判断に争いはありますが、私は建造物侵入罪(刑法130条前段)が成立すると考えます。
昭和58年6月8日の最高裁判決では、侵入について、『管理権者の意思に反して立ち入ること』としています。今回のケースにあてはめると、オフィスが社員にカードキーを交付していることや、普段なら受付で門前払いされることからして、管理権者(経営者や支店長ら)の意思に反する『侵入』に該当すると考えます」
高岡弁護士はこう話すが、「関係者以外立ち入り禁止」といった張り紙がなく、ダメだということが明示されていない場合でも入れないのか。
「難しいでしょうね。たしかに、建造物侵入罪には、『管理権者が予め拒否の意思を積極的に明示していない場合は、侵入ではない』という反論がありえます。
しかし、さきほど紹介した判例では、『建造物の性質、使用目的、管理権者の態度、立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるとき』は、建造物侵入罪が成立するとしています。
今回のケースでは、社員が業務に専念すべきオフィスという建造物の性質や使用目的、カードキーの交付や受付への対応からして、管理者の態度は、飛び込み営業を拒否していることが明らかです。以上のことから、私はやはり、建造物侵入罪が成立すると考えます」
●「違法性は軽微」という主張もあるが・・・
このように説明したうえで、高岡弁護士は次のように続けた。
「『建造物侵入罪』は、裁判官、検察官、弁護士、学者らの間で、根底に処罰範囲拡大の危険があり、むやみに成立させるべきでないという問題意識があります。この点でも、成立範囲に争いが生じ、主には、違法性が軽微であること(可罰的違法性の理論)が主張される傾向があります。
しかし、今回のように、企業秘密などもあるオフィスに部外者が立入ること自体、『軽微』とはいえないのではないでしょうか」
もし、有罪となれば、どんな処罰が待っているのだろうか。
「法定刑は、3年以下の懲役または10万円以下の罰金です。建造物侵入罪が成立するなら、被害届が数回出されて立件されるでしょうが、当初は不起訴でしょう。しかし、繰り返し立件となれば、段階的に、まず罰金。それをまた繰り返せば、罰金の額が上がっていき、次に懲役刑。さらに繰り返せば、刑が上がっていくという流れになります」
高岡弁護士はこのように話していた。