杉山 真一 弁護士 インタビュー
弁護士を目指したきっかけ
私の親族には、法曹関係者が1人もいません。ただ、父が法学部の出身で、金融機関に勤務していましたが、学生時代に裁判官を志したことがあったと聞いていました。
小さいときから探偵小説や推理小説、シャーロック・ホームズやペリーメイスンが好きだったので、なんとなく弁護士はいいかなという気持ちがあり、大学進学時には法学部を選びました。
ところが、大学ではアイスホッケー部に所属することとなり、ほとんど勉強しないまま4年に進級しました。アイスホッケー部は4年生の12月まで引退できないので、司法試験は諦め、就職活動をしていくつかの企業から内定も頂きました。
そんな折、下宿先の隣人、同じ大学の法学部の先輩(現在は仙台で弁護士をされています)との出会いが大きな転機となりました。
当時、アイスホッケー部の練習後、夜中の2時過ぎになりますが、下宿に戻り、家が遠い部員を泊めてやります。そして、酒を飲みながらホッケーや人生などについて議論を交わすのが恒例でした。
ある日、隣人の方に「もうそろそろ静かにしてくれないか」と注意されてしまいました。翌朝、インスタントコーヒーを持って謝りに行ったところ、司法試験を目指す法学部の先輩であり、部屋には法律の本がずらりと並んでいました。これがきっかけとなり、隣人の先輩と交流を持つようになりました。
その方はとても優秀で、私が出会って数か月後に司法試験に合格したのですが、その徹底した勉強ぶりを間近に拝見し、またその方から「法曹は、男子一生をかけるに値する仕事だ。杉山だって3年頑張れば何とかなる」といわれ、私も、卒業を延期し、法律をきちんと勉強して司法試験を目指そう決心したのです。
そこで、内定を頂いていた企業に伺い、頭を下げて、留年して司法試験を受けてみたいので、内定を取り消してほしいとお願いしました。部活動を引退した4年生の12月以降、本格的に勉強を開始しました。
下宿の隣人であった先輩に偶然出会わなければ、この道に進むことはなかったかも知れませんね。
印象に残っている事例
一番は薬害エイズの民事訴訟事件です。この訴訟は1989年に始まり1996年に和解がなされたのですが、私は1992年の弁護士登録後すぐに弁護団に入れていただきました。修習時代の親しいクラスメートに誘われたのがきっかけです。
入ってみると、弁護団の議論のレベルがあまりに高く、とてもついていけず、当初は辞めようと思ったこともありました。しかし、反対尋問準備のため米国調査に同行したことをきっかけに、当時の事情が少しずつ分かっていくおもしろさに強くひかれ、また自分が担当する原告(被害者)の方との交流を通じて、なんとかすべての被害者の方に良い解決をもたらしたいという気持ちが強くなり、相当な時間を割くようになりました。
弁護士になって4年目で勝訴的和解という結果を見ることができ、とても印象深い事件でした。
もう一つは、抵当不動産の占有者の排除という事件です。私が弁護士登録をした1992年は、バブルが弾けて不動産の価格が下落し、抵当権付不動産の債権回収が緊急の課題となっていた時代でした。当時は占有者がいるだけで、たとえそのものが権原のない不法占有者であっても、競売で買い手がつかず、金融機関も裁判所も困っていたのです。
一方で、抵当権に基づく占有者に対する妨害排除請求は、当時の最高裁判例で否定されていました。そこで、民事執行法上の保全処分という制度を使って、新しい先例を作りながら、占有者の排除を進めていきました。
抵当権の実行という金融の最終局面で、依頼企業の優秀な担当者や、裁判官と議論をしながら、知恵を絞って不法占有者と闘っていくという仕事は、登録したての弁護士にとって得難い体験となりました。
この2つの事件が私のバックボーンになっているように思います。
仕事の中で嬉しかったこと
依頼者の方に納得いただける解決ができ、依頼者の方からお礼の言葉を頂いたときですね。事件の勝ち負けや報酬の多寡も大事ですが、喜んでお礼をいっていただけることが何より重要です。
在日ブラジル人が勤務先から無断でHIV検査をされ、陽性を理由に解雇されたという事件があり、そのブラジル人の代理人として企業に勝訴しました。事件の性質上、報酬は少なかったですが、お礼にブラジリアンバーに招待いただき、一緒にサンバを踊ったのがよい思い出です。
弁護士になって大変だと感じること
依頼者の言い分に、社会的にも道義的にも理由があると思われるのに、その人が善人で証拠を残していないとか、既存の法律や判例が十分対応していないというような場合ですね。何とかして依頼者の利益を守れないか知恵を絞るわけですが、責任を強く感じますし、大変です。
休日の過ごし方
完全な休日はなかなかとれません。ただ、掃除や料理等の家事労働が嫌いではないので、良い気晴らしになっています。また時間を見つけてアイスホッケー、フットサル、スポーツジム通いなどをして、身体を動かしています。あとは、法律書以外の本を読んだり、音楽を聞いたり、友人と飲みに行ったりするのも楽しみです。
弁護士としての信条・ポリシー
新人弁護士のころ教わった「楕円の論理」です。これは弁護士が依頼者とどういう関係を保つべきか、ということを示したものです。
まず、依頼者と弁護士は同心円にではだめ、ということです。同心円とは、たとえば、依頼者の言いなりになり、その主張を拡声器のようにただ伝えるだけといった弁護活動を指します。これでは必要な紛争解決に結びつかないだけでなく、依頼者が本当の求めている利益を害することがある。
他方、依頼者と弁護士が、別の中心をもつ2つの円であってもいけません。たとえば、弁護士が、あたかも裁判所のように依頼者の言い分を裁くだけで、依頼者の話に共感を示さず、問題点を掘り下げ解決しようとする姿勢も見せない。これではだめです。何のため費用を払って弁護士を頼んでいるのかわかりません。
そこで登場するのが楕円の論理です。円としては一緒ですが、中心は異なります。すなわち、依頼者の言い分を真摯に聞きながらも、少し距離をおいた視点で、事実としての基礎があるか、法的にその主張は通るのか、道義的にはどうか、依頼者の抱える本当の問題は何か、依頼者の真の利益はなにかといったことを多角的な見地から検討する。
そのうえで、依頼者とコミュニケーションし、あるときは依頼者を励まし、またあるときは依頼者を説得する。そして、依頼者と共に進んでいくという関係が理想だということを意味しています。
依頼者に対して気をつけていること
顧問先の会社ならば、単刀直入に問題となっていることを掘り下げていくようにしています。先に申し上げたように、様々な視点でアドバイスをしていくことです。単純に判例がこうだからだめとか、依頼者が問題点と考えてきたことのみ視野を限定することは避けるようにしています。それが弁護士として相談を受ける場合の付加価値であると思っています。
逆に個人の方の場合には、正しいことを言うだけではなく、単に一緒に時間を過ごしたり、話をうなずいて聞いてあげたり、一緒に手続に同席してあげたり、そういうことも大切だと思います。結論だけではなくプロセスが大事ということもありますね。
上記の二つのいずれの対応がよい場合か、見極めを誤らないよう心がけています。
今後の弁護士業界の動向
仮に「楽して食える弁護士」が存在していたとすれば、そういう時代ではなくなるでしょうね。むしろ「弁護士」という概念が変わっていくことだろうことが重要です。様々な弁護士像が広がり、カテゴリー自体が変わっていくでしょう。しかし、それだけに、弁護士としてのコアを意識し、守っていくことが一層重要になると思います。
いずれにせよ、結局一人一人がやるべきことは変わらないようにと思います。私自身も、まだまだ修行中、知識、経験、感覚といったあらゆる点で、まだまだ地道に磨いていかなければならないと思っています。
今後のビジョン
仕事の質をもっと高めていきたいと思います。若い弁護士たちと一緒に継続的に仕事をして、共に成長していきたいと思います。当事務所でも常時若手を3~4人は抱えているので、互いが刺激を与えていければいいですね。
ページを見ている方々へのメッセージ
強くなければ弁護士の資格がない。心優しくなければ弁護士たりえない。